京都府城陽市寺田大畔の水主(みぬし)神社東遺跡で、縄文時代晩期(約3000年前)の自然流路の水辺に設けられた木組み遺構や木道などが見つかった。府埋蔵文化財調査研究センターが23日発表した。遺構は長さ2・3メートル、幅70センチのます状に木材を組み、たくさんの石を乗せてあった。丸太を割った長さ3・5メートル、幅40~70センチの木道も出土し、生活水を利用するための施設とみられる。水辺の類例は東日本を中心に20カ所確認されているが、府内では初めて、近畿では3例目。
流路は、近くの木津川が氾濫した際にできたもので、南西から北東に流れ、幅は8~11メートル。普段は雨水や湧き水が流れるせせらぎだったらしい。遺構は西側の岸で見つかり、出土土器から時代を特定した。
ます状の木組み遺構は丸太と割材計3本を並べ、1本の横木を渡して7本の杭で固定。その上に10~20センチの石約50個が乗っていた。用途は分かっていない。枝を落とした長さ4・2メートル以上の丸太1本が平行するように置かれていた。近くに板2枚を立てて杭5本で固定した遺構もあった。どちらも水流を調整するためのものとみられる。
約1キロ離れた場所で縄文後期の竪穴建物群が見つかっており、同センターの担当者は「周辺の集落の人たちが飲み水や煮炊き、洗濯などに使ったのではないか」と見ている。
縄文遺構に詳しい矢野健一・立命館大教授は「それぞれ本来の位置をとどめていると考えられる。縄文時代の水場での作業の実態に迫る点で極めて重要な遺構」と話している。
現地説明会は26日午前10時から。正午まで見学できる。少雨決行で駐車場はない。問い合わせは同センター(080・8535・9125)。【大川泰弘】