「やっと帰ってこられたね」 東日本大震災で死亡の女性、8年半ぶり両親の元に

東日本大震災の津波により常磐山元自動車学校(宮城県山元町)で勤務中、行方不明になった大久保真希さん(当時27歳)の遺骨が24日、県警亘理(わたり)署から亘理町に住む両親に渡された。一人娘の帰りを待ちわびた両親は、真希さんの遺骨が入った箱を抱きしめた。署の担当者は「震災から8年半が過ぎて身元が分かるのは奇跡に近い」と話した。
「お帰り。やっと帰って来られたね」。24日、署内で菅原優署長から遺骨が入った箱を引き渡された母恵子さん(61)は涙を流しながらほほ笑み、白い布に包まれた箱を優しくなでた。
県警によると、8月28日、山元町の磯浜漁港から東へ約6キロの海中で、漁船の刺し網に人らしき骨が引っかかっているのを漁師が見つけた。下あごと歯数本と分かり、歯型やDNA型鑑定で真希さんと判明。今月11日、亘理署から一報を受けた父三夫さん(66)は「諦めずに捜し続けたことが報われた」と振り返る。
真希さんはあの日、アルバイト先の常磐山元自動車学校で津波に遭い、行方不明になった。持って出かけたバッグや弁当箱、マグカップは発見された。しかし、肝心の真希さんは見つからなかった。両親から依頼を受けた県警などが学校周辺を繰り返し捜索したものの、これまで手がかりはなかった。
三夫さんは自宅に戻った後、仏前に遺骨をそっと置き、「真希ちゃんお帰り。長かった、長かった。やっと戻って来たね」とつぶやいた。恵子さんは「長く寒い所にいたから、これからは一緒にいようね」と涙を拭った。
県警によると、遺体が見つかって身元が確認されたのは県内で今年初めて。教習生25人などが犠牲になったこの学校を巡っては、真希さんの両親らが損害賠償を求めて提訴。学校側が避難指示を怠ったことが死亡の一因になったと認めるなどして2016年に和解が成立した。【近藤綾加、滝沢一誠】