東京五輪は本当にアスリートファーストなのか?
こう書くと「暑さ」の話だと思われるだろう。いや、もっと前の「そもそも」を考えてみたいのだ。
IOCに対し今回の日程を「晴れることが多く、かつ温暖であるため、アスリートが最高の状態でパフォーマンスを発揮できる理想的な気候」とウソまでついてなぜ招致したのか。する必要があったのか。
高層ビルが「雨後のタケノコ」のように生まれている
まずこちらの記事をご覧いただきたい。
「神宮外苑 高層化なし崩し」(朝日・7月25日)
これは7月の朝日の一面トップだが、スクープというより「東京五輪あと1年」的な記事だった。しかし読むとザワザワする。
ここで伝えられているのは、
・「都心最後の一等地」と言われた明治神宮外苑地区一帯でいま、高層ビルが「雨後のタケノコ」のように生まれている。
・地区の景観を半世紀ほど守ってきた建築物の高さ制限が緩和されたため。
・呼び水になったのが東京五輪の招致だった。
なんだかザワザワします。美しい景観を守るために高さ制限「15メートル」だった明治神宮外苑が新国立競技場をつくることで一気に「80メートル」に引き上げられた。大胆で劇的すぎる変更。
これによって、新国立の建設を中心とした神宮外苑の再開発が可能になった。
もしかして新国立競技場は“アリバイ”として使われたのか?
「神宮外苑地区のスポーツクラスター」計画とは何か?
もともと神宮外苑の再開発をド派手にやりたい意向があちこちにあった。その「悲願」を実現するために東京五輪招致は必要だったのではないか。
2015年7月7日におこなわれた「有識者会議」を伝える記事を抜粋する。
《「財源は皆で確保しよう。『あいつが悪い』『こいつが悪い』という話をするんじゃなくて」。日本スポーツ振興センター(JSC)が新国立競技場の整備計画を示した7日の有識者会議。スポーツ議連の衆院議員、馳浩(54)の発言に東京都幹部の顔がこわばる。》(日本経済新聞・2015年7月15日)
新競技場の整備費のうち都の負担分について当時の舛添都知事が「都民を納得させる理由が必要だ」と発言すると、「知事、合わせ技一本ですよ」と馳浩議員が話しかけた。そう伝えるのはこちらの記事。
《馳氏が引き合いに出したのは、都がJSCなどと4月に覚書を交わした「神宮外苑地区のスポーツクラスター(集積地)」計画。「新国立競技場単体ではなく、周辺の新宿区、渋谷区、港区の神宮外苑を一体で考えないといけない。スポーツ文化の発信エリアとして再開発すべきだ」。有識者会議でもこう訴えた。》(朝日・2015年7月9日)
都への説得が五輪の素晴らしさではなく神宮再開発の話になっていることに注目したい。ちなみに馳議員は「森喜朗の秘蔵っ子」である。
馳議員に、アスリートファーストについて尋ねた
実は私は「文春オンライン」で馳議員と2年前に対談し、アスリートファーストについて尋ねたことがある。抜粋する。
鹿島 2013年の橋本聖子さんとの対談では「アスリートファーストで、コンパクトオリンピックであるべきだ」とおっしゃっています。しかし、年々暑くなっている真夏の東京開催で大丈夫ですか。コンパクトさのほうも当初の構想とはだいぶかけ離れているようですが。
馳 それについてはちょっと厳しい言い方になりますが、アスリートに与えられた条件は全員同じ。その中で健康を害さないように最善の努力をし、最強最速、最も美しい演技を目指すのは、アスリートの責務です。もちろん暑さ、湿度対策、そしてテロ対策というアスリートが安心して競技にのぞめる重要ファクターの整備は組織委員会の責任ですが。
当初はアスリートファーストを主張していた馳議員だが、この対談では与えられた条件は全員同じ、とまで変化していた。
暑くてもなんでもいいから早く五輪をやっちまおう。そんな気配は大会組織委員会の森喜朗会長にも窺える。昨年、日刊スポーツがおこなった単独インタビューで森会長は次の発言をしている。
「この暑さでやれるという確信を得ないといけない。ある意味、五輪関係者にとってはチャンスで、本当に大丈夫か、どう暑さに打ち勝つか、何の問題もなくやれたかを試すには、こんな機会はない」(2018年7月24日)
五輪関係者にとってはチャンスだという。しかし今回の五輪が本当にチャンスなのは誰なのか。
スポーツ施設を持つ団体や地権者にとっての“福音”
ここで「神宮外苑 高層化なし崩し」(朝日・7月25日)の記事に戻る。
五輪はチャンス、という人たちの名前が出てくる。
《高さ制限の緩和は、JSCなどのスポーツ施設を持つ団体や、伊藤忠商事や三井不動産、明治神宮といった地権者にとって福音だった。高層化によって、土地面積あたりの収益性が高まるからだ。容積そのものが売買の対象になるため、競技施設を新設する費用を生みだすこともできる。》
地元協議会の人はこうコメントしている。
《五輪開催にも、再開発にも、反対ではない。それでも、民間事業者の利益優先に見える開発計画と、引きずられるように規制を緩める行政の姿勢に違和感を覚える。》
記事にはこんな一文がある。「だれのため、何のための再開発なのか」。
これは「東京五輪は本当にアスリートファーストなのか」とセットではないか。心底そう思う。
マラソンの開催地が変更 問題の根っこはどこにあるのか
さて、ここまで書いてきたが「五輪=神宮再開発が目的説」は実は新しいネタではない。ここ数年来、週刊誌などでは書かれてきたことだ。野次馬の私は興味深く読んできた。
たとえば「新国立競技場、問題の構図を探る 迷走させた5人の男」(AERA・2015年9月14日)という記事では、
《都内の貴重な緑地として環境が守られてきた神宮外苑。「山手線内に残された最後の再開発地」と、不動産開発業者の垂涎の的でもあった。「規制を取り払うのは五輪誘致しかないと言われ、森の動きが注目されていた」》
《再開発には一帯の大地主である明治神宮の協力が不可欠だ。森は宗教法人を管轄する文科省に強い影響力をもつ。》
とまで書かれていた。ここでいう「森」とは美しい自然の森ではなく「森喜朗」のことだ。
今回私は「神宮外苑 高層化なし崩し」(朝日・7月25日)という記事を紹介したが、不満なのは冒頭でも書いたように朝日は「東京五輪あと1年」的に、あくまでさらっとした書き方だったこと。
ここらへんもっと新聞に掘り下げて追及してほしい。それともすでに東京五輪というお祭りに新聞社も参加しているからどうでもよいのだろうか。下世話な興味で読んできた週刊誌の記事のほうが本質を突いていたのでは? とも思える。
マラソンの開催地が変更という、どう考えても“妙な五輪”。その問題の根っこはどこにあるのか。
新聞記者の皆さん、どんどん調べて報じてほしいです。
(プチ鹿島)