ロケ地物語「わさお」 人の心つかむ「ブサかわ犬」 異例の主演 青森・鰺ケ沢

目の前に広がる日本海。空を舞う数十羽のウミネコ……。映画「わさお」の舞台となった青森県鰺ケ沢町に実在するイカ焼き店「きくや商店」は日本海沿いを走るJR五能線の沿線にある。店に掲げられた店名の入った大きな黄色い看板は、映画の撮影時に取り付けられたものだ。
8月初旬。平日の昼下がりに店を訪ねると、脇の小屋では、文字通り「わさわさ」とした白く長い毛に覆われた秋田犬「わさお」が、おとなしく地面に伏せ、客を迎えていた。
今でこそ全国的に有名になったわさおだが元々は捨て犬だった。港をさまよい、保健所に連れて行かれそうになったこともある。当初は気性が荒く、人にもなつかなかったという。そんなわさおを2007年に保護したのが、2年前に73歳で亡くなった「きくや商店」の店主、菊谷節子さんだった。
08年、店を訪れた客がブログで「わさお」と紹介したことがきっかけで話題を集めると、「ブサかわ犬」としてテレビや雑誌にも取り上げられるようになり、一躍人気者となった。映画の話が舞い込んだのはその翌年のことだった。
それまで犬のドラマを数多く手がけてきた製作プロデューサーの伊藤満さん(75)は、わさおの写真を見て、その存在感に「スクリーンに映える」と直感。「捨て犬で警戒心の強かったわさおが、節子さんとの出会いを通じてその心の『ヨロイ』をはがしていく。そんな温かさを感じるドラマを描きたかった」と語る。
ロケ期間は約1カ月。大半をわさおの生活する鰺ケ沢町で収録した。伊藤さんによると、タレント犬でないわさおが「主演」を務めるのは異例。ただ、わさおの自然な振る舞いは「まるで芝居をしているようだ」と感じさせた。

関係者が口をそろえて振り返るのが、「北限の天然杉」で知られる町内の森で行われたクランクインだ。収録直前にわさおが失踪し、スタッフ総出で山狩りする事態になり、撮影に対する不安が高まった。だが間もなく見つかったわさおは、雌犬のそばで休んでいた。しかも、その後の難しいシーンを一発で取り終えた。わさおの活動を支援する工藤健さん(51)=同町=は「監督、スタッフの心が一気につかまれ、この映画を撮りきれるかもしれないと思った瞬間だった」と振り返る。
映画は公開6日後に東日本大震災が発生し、予定の上映は打ち切りになった。それでも、デビューから8年を経てもなお、わさお目当てに今でも全国から店に客が訪れる。菊谷さんの長男忠光さん(55)は語る。「わさおは喜怒哀楽を顔に出す人間らしい犬。きっと、それが人の心をつかむのでしょう」【岩崎歩】
わさお
2011年公開。東映配給。錦織良成監督。出演=薬師丸ひろ子、甲本雅裕、鈴木砂羽ほか。
<あらすじ>
鰺ケ沢町で開かれたトライアスロンの大会中、道に飛び出した子犬シロを助けようとして飼い主の少年の母親が車にはねられる。少年はシロのせいで事故が起きたと思い、シロを手放す。時がたち、同町でイカ焼き店を営みながら、捨て犬の面倒をみているセツ子(薬師丸)の元に、白く長い毛の秋田犬が現れる。セツ子は「わさお」と名付けて面倒をみるが……。