村上世彰が「金融教育」に取り組む狙い

角川ドワンゴ学園が運営する「N高等学校」(N高)。プログラミングや文芸小説創作、DTM・ボーカロイド、デザイン制作などといった個性を伸ばす教育に定評があるが、7月より「投資部」を設立し、金融教育にも力を注いでいる。

特別顧問は、旧「村上ファンド」代表で、投資家の村上世彰氏が務める。村上氏による初の授業が7月12日、N高代々木キャンパス(東京都渋谷区)で開かれた。

生徒は、通学・インターネットの双方合わせて50人が受講。270人の応募のうち、書類選考の末、5倍以上の倍率をくぐり抜けた精鋭達だ。この生徒達一人一人が、村上氏が運営する「村上財団」より20万円を給付され、投資の勉強に充てる。

なぜ金融教育に注目が集まっているのか。最近では会社の研修の一環として「金融教育」を導入する企業も増えている。社員一人ひとりが、お金の知識を付け、家計を安定させ、仕事に集中できる環境を作ることが経営課題にもなっている。また、「お金」を直接やりとりしないキャッシュレス化も進んでいる。こうした仕組みと接する人々は低年齢化しつつある。「お金」の役割や価値が次第に見えにくくなるなか、学校教育の中でも子どもたちに「お金」の大切さを教えていく必要性が指摘されている。

そんな中、村上氏は自ら金融教育にかかわり、お金に振り回されない人生を送るために、若いうちにお金と真剣に向き合う機会を子どもたちに持ってもらいたいという想いから、N高投資部での講義に取り組んでいる。村上氏が高校生に金融教育をする背景、若い時からお金と向き合う意義に迫るとともに授業の内容もお届けする(編注:以下、生徒の質問や発言を――としています。)。

投資をすることによって会社や社会の動きを見極める
今まで投資をしたことがある人はどのくらいいますか。これから皆さんには約1年弱、村上財団から給付する資金で投資をしてもらいます。途中で2回、投資額が上がる「レベルアップ」のチャンスがあります。レベルアップできるかどうかは皆さんがどんなふうに投資をして、どのように学ぶかにかかっています。

ただし、皆さんの投資先について僕は一切口を出しません。皆が自分で決めて自分で売るべきタイミングを決める。もしくは最後まで持っていても構いません。個別の銘柄への質問には答えられませんし、どの銘柄を買ったらいいかという推薦も一切しません。皆さんが自分で考えて、好きに投資をしてみてほしい。まず、手元資金の中でどこに投資をするか、真剣に考えてみることをお願いしたいと思います。

今日の授業は、質問に答える形で進めたいと思います。ただし、繰り返しますが、個別の銘柄についての質問には答えられません。

――会社の情報をもっと詳しく知るときは、どういうところで情報を見つければいいですか。

僕が見やすいと思うのは、証券会社のWebサイトやアプリで、銘柄を検索して基本的なデータや開示情報を見る方法。こういうサイトでは、例えば四季報などのデータベースと連携をしていて、基本的な情報や、それぞれの会社が行っている適時開示と呼ばれる資料も見ることができます。適時開示というのは、こういう決算でしたよとか、こういう状況でこういう会社と提携しましたよとか、株主の投資判断に重要な情報を企業がタイムリーに開示している情報のことです。

例えば環境の分野や、デッサンをやっている会社の株を買いたいとかオリンピック関連のものを買いたいと思ったら、「どんな銘柄があるんだろう」ってまず調べるよね。いくつかそういう銘柄を見つけたら、次にその銘柄が今どうなっているのかを、証券会社のデータベースで見ることができます。その投資先候補の会社のWebサイトにも飛べるようになっていて、そこでは投資家向けのページで、中期経営計画や財務情報を見ることができる。中には決算説明会の動画まで公開しているところもあります。そういったところで必要な情報は全部見ることができるので、資料や情報を読み込んで、自分の中で考えてみてください。

僕はこの授業で、皆さんが投資をすることによって会社や社会の動きを見極め、場合によってはさらに一歩進んで、損をすることやその恐怖心、逆に利益を得る喜びを味わってもらえればいいと考えています。ですので、最初はあまりこだわらずにできる範囲で調べて、自分がこうだと思ったら、まずはやってみていただきたい。

皆さんの手元には村上財団からの投資資金20万円があります。証券口座の準備ができ次第、できるだけ早く、実際に投資をしてみてください。僕がさきほど言った証券会社のサイトやアプリ、投資先候補のWebサイトなどの情報にアクセスをして、投資銘柄を選んでください。そうやって実際に投資を始めてみると、自分が一番欲しい情報は何か、どこにそういった情報があるのか、といったことがだんだん分かってくるはずです。

変革や改革をしない会社は株価が低い
――分散投資と集中投資の2つの投資手法があると思います。今回20万円ということですが、どっちの手法がいいでしょうか。

あなたはどう思う?

――集中投資のほうがいいと思いました。

何でそう思った?

――分散投資は安定して増やしていくようなものだと思っていて、その時に20万円という少額であれば、集中投資をして一気に生かせるのを待ったほうがいいのかなと思いました。

僕もそう思います。なぜならば、今回は20万円という損をしても大丈夫なセーフティネットがあるから、負けてもいいんですよ。いつも言っていますが、投資において僕が一番大事にしている基準は、「期待値」です。

今回のケースを「期待値」で考えると、一点集中のほうが期待値は高いに決まっている。ばらしてやると、負けも少ないけれども勝ちも少ない。通常、人間ってどうしてもリスクを分散したがるものですが、今回の場合は皆さんに金銭的なリスクがない。痛手なくリスクを取れる状態なので、期待値が高い方法を選んでもいいと思います。一般的には、どういう視点で投資をするかと考えると、目的や状況に応じて、分散投資のほうがいいこともあるし集中投資のほうがいいこともあります。

――村上さんが得意な分野というのはどういう分野ですか。

どんな分野でもいいけれど、本来会社が持っている価値はすごく高いのに、その価値が株価にきちんと反映されていない会社に投資をします。バリュー投資です。そして経営陣にもいろいろな提案をし、会社の価値を上げていく方法を考えるのが、僕の基本的な投資です。

――会社の価値が株価に反映されていない会社の共通点は何でしょうか。

古い体質であることが多いですね。なんとなく「昔からこうだから」と変革や改革をすることなくそのまま経営している会社。そういう会社は「何のために上場しているのか」ということを考えていなかったり、「上場している企業のあるべき姿」になれていなかったりするような会社で、株価が低い。

それから、財務的にいうと、必要以上にお金を手元に貯(た)めこんでいて、再投資や株主への還元ができていない会社、要するにお金の流れを止めてしまっている会社は、やっぱり株価が低いです。

――ファンダメンタル分析とテクニカル分析、どっちがいいでしょうか。

僕はファンダメンタルを必ず見ています。ファンダメンタルって分かる人いるかな。例えばその会社がどれぐらい収益をあげているのか、資産はどうだ、将来の見通しはどうだ、ということをいろんな開示情報から取ってくるんですね。もしくは自己資本がどれぐらいあって利益はどれぐらいか、借金はどれぐらいあるんだという情報があるんですけど、それを僕は必ず見ます。それらを見た上で、どこに自分が付加価値をつけられるかを考えて投資をしています。ただ今回は、あんまりそこはみんなには当てはまらないね。

失敗から学び「賢くなる」
――株の勉強なんかは本でやるべきでしょうか。

これもいい質問だね。やるべきかどうかは別にして、本は読んでみてください。いろんな本が出ています。一番重要なのは今回の1年間は考える期間だということです。この期間の中でみんながどう反応して何ができるかを学んでください。1年後、株から足を洗うのも一つの手です。ただ、株をする上で基礎知識は必要なので、本はぜひ読んでみてください。

僕自身は小さなころから投資をやっていたし、父を見たり、経験の中で自分で勉強をしてきたので、ほとんどそういう本を読んだことはないです。ただ、四季報だけは小さい頃からむちゃくちゃ読みました。今はネットでも見られるので、それを見ながら「なるほどな」って、投資先や候補の会社を勉強してほしいですね。一つの銘柄の説明が最もコンパクトにまとまっているのが四季報だと思います。ぜひ見てみてください。

――自分は投資する上で、感情はあまり出さないほうがいいと思うんですけど、どこまで感情を出してトレードしてもいいのですか。

全く関係ないと思います。そもそも感情っていうものを、どういうふうに理解していますか?

――冷静な判断が大事だと思っているので、アツくなったら負けだと思っているんですけど、アツくなっても平気なものなんですか。

株以外のビットコインとかFXとかはやったことある?

――FXはやろうと思ったんですけど、まだないです。

ビットコインはない?

――はい。

株はアツくなっても構いません。ただ、信用(取引)は注意が必要です。信用取引とは、簡単に言えば、自己資金に追加して証券会社からお金を借りて、株の売買をすることです。株の動きによって、自己資金以上に損を出すことがあるから、気を付けなければいけません。

でも、株を買う場合には、例えば、信用で1000円のものを100株買うと10万円だけど、その株が0円になっても、損は10万円で済みます。アツくなって一番失敗するのはショート、いわゆる「空売り」といわれるものです。ここから絶対に株が下がると思って、100株を1000円で空売りしたとしましょう。そこで、株価がどんどん上がっていっちゃったとする。その時にアツくなってしまって「絶対こんな会社価値ないよっ」とそのままやっていると、株価に上限がないので、損はどこまでも膨らんでいきます。

でも今回は、せっかくリスクのない20万円なので、むしろアツくなってほしいです。そもそも皆さんは未成年なので、信用取引も空売りもできないはずですから、先ほど言った通り、1年間アツくなって失敗したところで、元本がゼロになるだけです。僕が大事だと思うのは、失敗してもその失敗から学んでもらい、皆さんに賢くなってもらうことです。

何が起きて株価が動いたのか
――母から勧められた銘柄があります。

お母さんは、何でその銘柄を勧めたんだろう?

――分からないです。

聞いてみようよ。何でお母さんはその会社がいいと思うのって。お母さんはそれなりに考えて選んでいるはず。僕が今回一番お願いしたいのは、なぜこの銘柄にしたのか、なぜ儲(もう)かったのか、なぜ失敗したのか、何が起きて株価が動いたのか、ということを株の投資を通じて、いろいろと考えることです。世の中の、例えば米中交渉がどう株価に影響したのか、といったように経済の動きと合わせて、いろいろなことを考える練習に、僕は株への投資が一番いいと思っているんですよ。

僕と漫画家の西原理恵子さんの対談を本にしたものがあるのですが、西原さんは「親子で投資を始めたことで親子間のコミュニケーションが良くなった」と言っていました。親子で相談したり、結果を報告し合って原因を一緒に考えたりしますから。お父さんやお母さん、親戚でも兄弟でも、チャンスがあったら、いろいろなことを教えてもらったり議論したりしながらやってみてほしいですね。

関連記事の【授業の後編】村上世彰が金融教育を通じて伝えたいことから後編が読めます。

(フリーライター 河嶌太郎)