ラグビー選手から起業家へ 前日本代表キャプテン・廣瀬俊朗が示す「セカンドキャリア」の作り方

ラグビーワールドカップ(RWC)で日本代表の快進撃が止まらない。10月13日、日本代表はスコットランドを28―21で破り、1次リーグA組で4戦全勝して同組1位で準々決勝進出を決めた。いよいよ10月20日、日本代表は南アフリカ代表と激突する。

それ以前にも優勝候補で世界ランク2位のアイルランドを19対12で撃破し、さらにサモアにも快勝。ラグビー特有のルールの難しさなどから、一時は「盛り上がらないのでは?」と囁かれていたものの、今では空前のラグビーブームを迎え、史上空前の盛り上がりを見せている。

そのラグビーの日本代表のキャプテンをかつて務めていたのが廣瀬俊朗さんだ。現在も試合の解説や少し前にはTBS系のドラマ『ノーサイド・ゲーム』に浜畑譲役として出演するなど精力的に活動している。ラグビーのキャプテンは試合に出る選手でありながら、監督に代わってチームへの指示も出さなければいけない。そのキャプテンという重要な役割を、廣瀬さんは中学校時代から日本代表まで、所属したチームの全てで担ってきた。

空前のラグビーブームに沸く一方、まだまだ課題があるのが、選手たちが引退した後の「セカンドキャリア」だ。「セカンドキャリアの道筋を示したい」と語る廣瀬さんは、実は2016年から学業にも励んできた。「ビジネス・ブレークスルー大学大学院」で経営を学び、経営管理修士(MBA)を取得したのだ。廣瀬さんに、日本代表を率いてきたリーダーシップの秘訣や、引退後のキャリア、起業した経緯について聞いた。

「人生、いつか死ぬ」
――廣瀬さんは2016年10月にビジネス・ブレークスルー大学大学院に入学し、経営管理修士(MBA)を取得しました。なぜ再び勉強しようと考えたのでしょうか?

2つ理由があります。現役選手としては15年のRWCで日本代表が好成績をおさめて、15~16年シーズンのトップリーグでは私が所属していた東芝ブレイブルーパスが決勝までいき、そこで「やりきった感」がありました(結果は26対27でパナソニックに惜敗)。現役を引退してもう1度燃えるもの、追い込まれるものが欲しかったというのが1つです。

2つ目は今までラグビーばかりをやってきましたが、ビジネスパーソンや経営者と話す機会もありまして、もっとビジネスの話をしたいと思ったときに「基礎的な知識があったほうが良い」と痛感したからです。私がどんなキャリアを積んでいくのかをスポーツ選手やラグビー選手は見ていると思うので、後進の道筋を作ることができたらと考えました。

社会人チームに所属するという生活から見ると、(東芝ブレイブルーパスを辞めて勉強するのは)将来が見えにくく不安で怖くなることはあります。ただ、「人生、いつか死ぬ」ということから考えると、今と同じことを続けていくのは良いことではないと気が付きました。当時は「今辞めないでいつ辞める」という感じでしたね。

――ラグビーの日本代表選手は31人もいて、「ちょっとした中小企業」ともいえる規模ですね。廣瀬さんはその中でキャプテンとしてチームを引っ張っていました。どのようにリーダーシップを身に付けてきましたか? また、ビジネス・ブレークスルー大学大学院では実際にどんなことを学び、感じ取ることができましか?

ラグビーのキャプテンは現場のリーダーということで、特に「人事権」のようなものがあるわけではありません。主な役割としては、監督の指示を伝えるなど、監督と選手の「橋渡し役」的なものがあります。試合中、監督はある意味高いところから俯瞰的に見ていて、直接指示は出せません。だからこそ、キャプテンには試合のプレーについての判断が常に求められます(筆者注:ラグビーのキャプテンは、各種プレーの選択や、レフリーとの話し合いなどをする機会もあり、ほかのスポーツと比べて裁量が大きい)。

そういった役割を果たす中で、リーダーシップが培われたと思います。そう言う意味では、大学院で学んだ組織論や起業論では、ラグビーで自分自身がやってきたことと大きな差はありませんでした。実際に理論として学ぶことによって、素晴らしい刺激をもらいましたね。

一方で、数字……アカウンティング(会計)的なことはこれまでしっかりと取り組んできたことはありませんでした。B/S(バランスシート)や損益計算書の読み方などは、他の学生よりも遅れていた感じはありましたが、そこは学生同士でも補完し合いながら学べたのは本当に良かったですね。

――授業中、何か印象的なエピソードがありましたか?

最初は新しい世界に飛び込んできたこともあり、「世の中にはこんなに賢い人がいるのか!」と驚きました。勉強する量が多いので、自分の時間をいかに確保するのかが大変でした。

また、大前研一さんが「イノベーション」の話をしてくれたのは本当に面白かったです。自分はそのことについてはざっくりとしか考えたことがなかったのですが、イノベーションを起こすにはいくつかやり方があることを教えてもらいました。特に、あるものを掛け合わせるとイノベーションが起こるという考え方はそれまでしていませんでした。

今、世界中からやってくるラグビーファンを国歌やラグビーアンセムでおもてなしするプロジェクト「スクラムユニゾン(Scrum Unison)」を立ち上げたのですが、アイデアはそういうところから始まりましたので、教えを実践できたのではないかと思います。スクラムユニゾンの活動は考えをアウトプットするいい機会で、文章で書かれたことの実践でもありますから、思考の整理にもつながりました。

描く「社長像」 商機見いだした「みそ」
――今後はどういった活動をしていくのでしょうか?

教育事業やメディア事業、人材派遣事業などを手掛けるHiRAKUという会社を設立しました。ようやく学習してきたことを実行する段階に来たと思っています。まず、スポーツチームのキャプテンなどにアプローチして、リーダーシップの教育をしていきたいと思います。次はラグビーのアカデミーの創設です。子どもたちへの普及が大事だと考えています。

本当は15年のRWC後にやりたかったのですが、当時は受け皿が足りませんでした。ラグビーを習い始めたとしても適切に教えられるコーチの数も足りていませんでしたから。アカデミーを作ることによって、そういった点を解決していきたいですね。

――起業して一国一城の主となりました。自身ではどんな「社長像」を描いていますか?

一国一城の主と言えば聞こえはいいですが、実はまだ1人の会社なので……(笑)。テーマとしては人間らしくありたいと思っています。将来、一緒に働く仲間になる人たちと、どんな時間を過ごして、どんな姿になりたいのかを共有していくのかが大事になってくると思います。あとは、その人の人生の価値観と、会社の価値観との親和性も重要でしょう。僕の会社の仲間ではなくても時と場合によっては一緒に働く人も出てくると思います。会社というプラットフォームができましたし、そういう人たちと新しいことを一緒に生み出していければいいですね。

――ドラマ『ノーサイド・ゲーム』では、子どもたちが最初はサッカーをやっていてラグビーには興味がないという描かれ方をされていましたね。少子化の影響もあり、この先ラグビー人口を増やすのは大変だと思いますが、子どもたちをいかにしてラグビーに振り向かせますか?

少なくともパイの奪い合いとは考えていません。私自身も小さい頃はサッカーやバスケットボールもプレーしていました。小さいときにはいろいろなスポーツを体験した方がいいと考えているので、成長して最終的にどのスポーツがいいのかを選ぶというシステムを作った方がいいと考えています。

今後の活動では、もう1つありまして、日本らしさをアピールすることがあります。「ヘルシー食品」と「日本」を掛け合わせることによって、イノベーションを起こせないかと考えています。例えばですが、みそ汁のカフェ「みそカフェ」みたいなものができないかな……とか。

――スープ専門チェーンの「Soup Stock Tokyo」のみそ汁版のようなものですか?

そうです。2日酔いの朝にエキスの入ったみそ汁……を飲むというような(笑)。みそは大豆からできているので、現役時代はたくさん摂るようにしていました。最近はみそ汁を飲む人が減っている気がするんですよね。だからこそ「みそ汁、いかれへんかな」って思います。あとは、そうですね……「みそフラペチーノ」「みそスイーツ」なども考えています(笑)。小さい頃、ラグビーの練習のあとにチームメイトと皆で食べた豚汁がおいしかったのが忘れられませんね。

自分が活躍できるポジションは必ずある
――ラグビーの価値を廣瀬さんはどのように見ていますか。

ラグビーの価値は、いろんなポジションがあって、自分をあえて変える必要がないところにあるのではないかと最近考えるようになりました。自分が活躍できるポジションは必ずあるのです。(競技者間の接触が多い)コンタクトスポーツゆえにラガーマンは人にやさしくなれるのだと思っていたのですが、ポジションが多彩だというのも大きな要素であり、特徴だと思いました。

例えば、体が大きな人はもとより、体が小さい人もプレーできますし、頭がいい人もラグビーには必要です。もちろん勇気を持ってタックルする人、突っ込んでいく人も必要です。頭で考えすぎるとタックルはしづらいですから。

ラグビーをやっていた人は良い人生を歩めている人が多いような気がしますが、それは人や相手を認め、自己肯定感も高いスポーツだからだと思っています。

――世界中でプレーされているスポーツでもあります。

「世界が近い」と感じることもできると思います。特にヨーロッパを近くに感じることができるはずです。

――RWC期間中にラグビーが盛り上がるのは、ある意味当たり前です。日本にラグビーが根付くにはRWC後の取り組みが重要だと思います。

『ノーサイド・ゲーム』に出演したおかげで、それほど関心を持っていない「ライト層」にラグビーをアピールできたと思います。そして、ワールドカップでは、ライト層をコア層に引き上げることもする必要があると思います。

――『ラグビー知的観戦のすすめ』という本も出されましたね。

そうですね。ある程度ラグビーを知っている人に、さらに上の段階にいってより知ってももらうのが狙いの本でもあります。ワールドカップが終わった後のトップリーグがどれだけ盛り上がるかが大事で、盛り上げるためにどんな取り組みをするかも大切ですね。

――大学院も修了されますし、ラグビー協会の幹部に就任してはいかがでしょうか?

そういうつもりは今のところないですが、ラグビー協会がやりたいことと私がやりたいこととがマッチしたときは、一緒にやれればいいなと思っています

――ITmedia ビジネスオンライン読者の方にメッセージを。

どう言ったらいいのかな? この記事を読んでくださっている人はロジカルな人が多いと思います。ラグビーは、ロジカルな部分も重要ですが、人間の限界を超えたところのプレーや、何かのために頑張ろうという思いが絶対にプレーに出てくるので、そこを見てもらいたいですね。

ワールドカップ終了後が勝負
以上が廣瀬さんへのインタビュー内容だ。筆者がインタビューをする直前までPCを開いて仕事をしていて、現在もハードなスケジュールをこなしているのが分かった。19年3月に株式会社HiRAKUを起業後、ビジネスの世界においても活躍の場を移し、後進のセカンドキャリアの道筋を示している。多くのラグビー選手やマイナースポーツの選手たちにとって、廣瀬氏の今後のキャリアの築き方は注目に値するだろう。

また、RWC終了後のトップリーグの人気が上がるかどうかが、ラグビー人気を定着させる上では鍵となる。この人気を一過性のもので終わらせないために重要なのは、廣瀬さんが話していた「自分の強みを生かして」という言葉だろう。自分ができることを通じて、今後も自身が携わるビジネスを通して、ラグビーを普及させていこうという強い意志が感じられた。