カトリック教会の総本山バチカンからの、ローマ教皇フランシスコ(82)の訪日まで1か月を切った。38年ぶりの慶事に日本のカトリック教会は歓迎の演出に躍起だ。だがその喧騒にかき消され、“教会の黒歴史”――聖職者による小児性的虐待の実態解明は遅々として進んでいない。その消極的な姿勢が今回、独自に入手した資料から浮き彫りになった。
フランシスコは11月23日からの4日間、信徒が多い長崎で非核化へのメッセージを発するほか、もう1つの原爆被災地・広島で平和をアピールする集会にも出席。東京では東日本大震災の被災者や安倍晋三首相とも面会する。
ヨハネ・パウロ2世以来で38年ぶり2度目の教皇の来日だけに、日本のカトリック教会関係者の鼻息は荒い。教会や関係施設では教皇の写真を大きく配したポスターを掲示し、インターネットには特設サイトを立ち上げたばかりか、オリジナルのテーマソングも制作して動画として公開し、来日を祝福している。
だが、多くの国民にとってキリスト教が縁遠い宗教である日本と、身近に教会が存在する欧米などキリスト教国の国民では、抱かれている教皇像は異なる。
欧米諸国では、人権や環境の問題で「正義の象徴」としての教皇像はすでに色褪せつつあるのだ。
フランシスコが2013年の就任以来、これらの国々で向き合ってきた最大の仕事は“被害者に対する謝罪”だった。男性神父が未成年者に性的関係を強いる性的虐待、すなわちペドフィリア被害への対応である。
カトリック国で長年、その存在が指摘されながらタブーだった神父の小児性的虐待は02年1月、米国「ボストン・グローブ」紙の調査報道をきっかけに問題が急速にクローズアップされ、米国全土、アイルランド、ドイツなどカトリック信徒が多くいる国々を中心に、十数か国で犠牲者が名乗りを上げるようになった。宗教指導者の“権力”を背景に信徒の子弟も従わざるをえず、表面化しないため、加害者の多くに常習性が生じやすい。また、組織を守るための上長の司教らによる隠蔽も繰り返されていた。
「スポットライト」と題されたボストン・グローブ紙の一連の調査報道はピュリッツァー賞を受賞し、映画化作品はアカデミー賞を受賞した。一方、訴訟が相次いだため、米国では複数の教区が賠償金負担で法人として破産危機に陥った。
欧米諸国では次々と第三者委員会が立ち上げられ、調査が行われた。政教分離を重んじる近代国家では公権力による宗教への介入に慎重になるのが原則だが、教会内部の腐敗の摘出に二の足を踏む教団への不信感がそれを上回ったのだ。
例えば米国ペンシルベニア州の大陪審は昨年8月、1947年以降、1000件以上の性的虐待があったと発表した。実名を公表された司祭の数は300人以上に及んだ。
フランシスコ自身も他人事ではない。序列3位に任命したオーストラリア人の枢機卿、ジョージ・ペル氏(78)が今年3月、23年前に聖歌隊員の少年2人に対して性的暴行を働いたとして豪ビクトリア州裁判所で有罪の評決を下された(ペル氏は控訴したものの8月下旬に州最高裁判所で行われた控訴審で棄却された)。
教皇は昨年12月の演説で「司法当局に出頭し、神の裁きに備えよ」と述べるなど加害神父への非難を強め、何度も謝罪した。2月下旬には性的虐待対策を話し合うため各国の司教協議会の会長を招集した「未成年者保護会議」を開いている。もちろん、カトリック史上初めてのことだ。
この会議に日本カトリック司教協議会会長として出席したのは、高見三明・長崎大司教である。高見氏はバチカンの会議後の今年4月7日、都内の会議室である人物に面会し、謝罪した。
その人物とは、月刊「文藝春秋」2019年3月号で、修道会「サレジオ会」が運営する児童養護施設で受けた性的虐待について実名で語った竹中勝美氏(63)だ。
親が離婚し母が入院していた竹中氏は、中学卒業までの9年間をこの施設で過ごした。取材に対し竹中氏は、在園中のある時期、元園長のドイツ人神父から神父の部屋に呼び出されてはその性器をつかまされるなどの虐待を受けていたこと、大人になって記憶を取り戻し苦しんだこと、そして「ほかにも被害者がいるはず」と客観的な調査を求めたのに、加害神父の死亡を理由に所属する修道会もカトリック中央協議会も、本格的に調査に乗り出しはしなかったことを明らかにした。
同誌が刊行された直後の2月、私の取材に対してサレジオ側から「2000年前後に、2名の卒園生から身体的虐待、性的虐待の申し出があった」との回答が送られてきたが、「性的虐待については確認できなかった」と曖昧なままだった。
前述の謝罪の言葉を述べた場で高見氏は、全国に16ある司教区を通じ調査を実施することを申し合わせたと明かした。
だが半年経った今も、調査結果は明らかにされていない。
私は繰り返し、中央協議会に対して調査の方法や公表時期について問いかけてきた。だが、繰り返された回答は「決まったらホームページに公表します」(司教協議会事務部広報課)というもので、透明性を確保し、不信感を払拭しようという意欲は感じられない。
――だが、実は調査はすでに行われていた。取材を通じて私が入手したA4判1枚のメモは冒頭に〈2019年アンケート結果〉と題され、全国の司教に対して、把握している被害件数について回答を取りまとめたことが示唆されている。
これによれば〈19年調査〉で把握された小児性的虐待の被害件数は8件。件数があるだけで、誰が誰に対してどのような加害行為をしたのかは、明らかではない。
さらに〈02年・12年の再調査〉の項目があって、これは13件。02年は竹中氏が被害を申し出た翌年で、12年はその10年後のことだ。
そもそも過去の私の取材では02年に2件、12年に5件の被害が把握されていた。だが今回の調査ではその合計は13件で、明らかに増えている。
見逃せないのは、これらを合計すれば02年以降の17年間に、実に21件もの小児性的虐待の被害報告がなされていた事実だ。再調査によって件数が増えていることからすれば、過去の回答で一部の司教が、隠蔽した案件があった可能性もある。
加えて内部的に処分を下したと思える記述もあって、〈異動〉3件、〈聖職停止〉1件とある。処分している以上、不祥事があったことは間違いないと推察できるが、どのような案件だったのかは、記載がない。これまた、件数だけしか書いていない。一体、どのようなアンケートをしたというのか、疑問だらけである。
海外の教区では、加害神父を異動させるだけで被害実態を隠蔽したケースが多い。だからこそ、元裁判官など司法的な調査のノウハウを持ったメンバーで構成される第三者委員会が事実解明にあたった。米国でもアイルランドでも、被害が確実に証明できた案件では加害者の実名も公表されているほどの厳格な調査だ。
一方、日本では、第三者委員会は一度も設置されていない。
この不可解な〈アンケート結果〉は、組織に自浄作用を働かせることに及び腰なままの日本のカトリック教会の姿勢をくっきりと浮かび上がらせているように思えてならない。
こうした疑念について、中央協議会の中でアンケートの取りまとめ役を担った「子どもと女性の権利擁護のためのデスク」の責任司教である松浦悟郎・名古屋司教に質問を送ったところ、「デスクとして答えることができません」と記したメールが返ってきた。広報担当ではないからだという。
ただし、メモについては司教団幹部の手元にあったものであることを事実上認め、「(アンケート結果には)件数に重複が予想されるなど、公表するには不明な点がいくつかあるので、その点を明確にする必要がある」と調査の中途段階であるとも書いていた。前出の広報課にも改めて問うたが、期限までに回答はなかった。
教皇フランシスコの来日は、総括の好機ではないのか。聖職者の過ちがこの日本でも存在したこと、そして今後、こうした被害を根絶するための第一歩として第三者による調査に踏み出すべきという、当たり前の方針を示すことが求められているのではないだろうか。
(広野 真嗣/文藝春秋)