「無断転載対策に『天安門事件』をブチ込め?」日本エロ同人業界と中国翻訳部隊の果てなき闘争

今年10月下旬、ちょっと笑えるニュースが中華圏で注目を集めた。日本の映像制作サークル「同人アキバ出版」が配信している自主制作成人向け動画のサンプル画像についての話題である。
このサンプル画像はコスプレ姿の若い女性によるさまざまな成人向け表現からなっていた。画像の端には常に「NO UPLOAD」「NO P2P」など、動画データの違法アップロードを禁じる文言が書かれているのだが……、なぜかその下に「六四天安門事件」と書かれていたのだ。
言うまでもなく、六四天安門事件(天安門事件)は1989年6月4日に中国の北京で発生した、人民解放軍による大衆デモの武力鎮圧事件だ。多くの犠牲者を出したこの事件は、中国共産党の統治の最大の汚点のひとつであり、中国国内では深刻な政治的タブーとみなされている。
近年の中国はネット検閲が非常に厳しく、「百度」などの中国系の検索エンジンでは天安門事件を検索してもまともな結果が表示されない。また、中国系メッセージアプリ「微信」などで事件に言及したり関連画像を投稿したりすると、アプリの挙動が不自然になる、グループチャットの管理人が尋問を受けるなどの問題が生じる可能性がある。
こうした事情もあってか、日本の一部のネットユーザーの間では、六四天安門事件という言葉自体が(事件の実態への理解から離れて)「中国で嫌がられる言葉」として知られつつある。今回、同人アキバ出版が動画のサンプル画像に「六四天安門事件」を含めたのも、相次ぐ中国側による違法アップロードを防ぐための苦肉の策だったらしい。

この一件は中華圏の一部のメディアで話題になり、フランスの国際放送『ラジオ・フランス・アンテルナショナル(RFI)』の中国語版ネット記事(10月22日付け)でも報じられた。
RFI記事によれば、エロ画像にセンシティブな単語をぶち込んだことに、中国のネット上では小粉紅(中国版ネット右翼)から怒りのコメントが噴出。対して「違法アップロード防止にこういう手法を取るとすぐに小粉紅が湧いてきて罵りはじめるのは笑える。この手法は効果があるかもね」と、同人アキバ出版側の機転を評価する意見も書き込まれていたという。
同人作品は個人レベルで作られるだけに、著作権侵害の脅威は商業作品以上に深刻だ。特に同人誌(漫画)の場合は画像データ化が容易なので違法流通の対象になりやすい。ご丁寧にも、違法アップロード作品の作中のセリフがすべて中国語に翻訳されている例も少なくない。
ゆえに同人作家側も防衛に懸命だ。2015年には人気同人サークル「アーカイブ」( @sanada_kana )が中国側での違法アップロードを防ぐために、故意に尖閣諸島や天安門事件を題名にしたエロ同人誌を刊行(注.内容は普通にエロい)。
さらにアーカイブは2016年、新入社員の女の子が取引先の「キモいおっさん」にいたずらされる内容の同人誌を発表したのだが、こちらではなんと、女の子に迫る「竿役」のおっさんの顔を習近平や毛沢東そっくりに描くというアグレッシブな手法を取った。

こちらの件についても、アメリカの国際ラジオ放送「ラジオ・フリー・アジア(RFA)」の中国語版ネット記事が2016年2月11日付で取り上げ、中華圏ではそこそこ話題になった。
もっとも、アーカイブ側に取材したところ、著作権侵害への対策を明確に意識したのは2015年の尖閣本のみ(そちらも、中国ではなく台湾の違法アップロード者は止められなかったという)。2016年の毛沢東・習近平が登場する漫画については、むしろ話題作りを目的に発表した面もあったそうだが、とにかく日本の同人業界と中国側による著作権侵害のバトルを象徴する作品なのは間違いない。
ほか、最近になり類似の作戦を試みたのが同人作家のハルカチャンネル氏( @halcachanel )だ。同氏は今年10月に発表した新作で、マンガの背景などに「香港加油(香港がんばれ)」「習小近熊平(習近平のプーさん)」「法輪功(中国で禁止されている新宗教団体)」といった、中国国内の政治的なタブーワードをちりばめて中国の違法アップロード者への対抗を試みた。
だが、中国側もさるもの。なんと、政治的にヤバい言葉だけを消した中国語無断翻訳版が間もなくアップロードされた……。のみならず、やがて「香港加油」を「中国万歳」、「習小近熊平」を「作者司馬(作者のアホ)」、「法輪功」を「法(輪功)のクソッタレ」に書き換えた版までアップする剛の者があらわれた。

こちらの改変版の最終ページにはわざわざ「違法アップロード者が、この手のタブーワードに反感を持つような人間と同じだと思うのかい? 無駄無駄無駄!」(意訳)と、挑戦的な文言が記されていたほどだ。中国側、著作権侵害という法の枠組みを踏み越えている人たちだけに、正直言ってかなり感じが悪い。
日本の同人界隈と、中国側の無断翻訳・違法アップロード者との戦いは熾烈である。以下、インタビューに応じてくれたハルカチャンネル氏(以下、H)の談話も紹介しておこう。
――同人作家として、中国側の無断翻訳や違法配信にはどのくらい悩まされていますか?
H:ひどいんですよ。発行から1週間も経たないうちに、ネットに翻訳版が上がっているんです。僕の側もDLsiteの削除代行サービスを使ったり、「Google八分」になるように通報をおこなったりと対応しているのですが、たとえあるサイトの無断転載を潰しても、しばらく経つと復活している。完全にいたちごっこです。
売り上げについては、どの程度影響してるのかは計測しようがなく、今のところ不明です。ただ、人づてに聞いた話では、違法アップロードがはじまると売り上げが下がるという話もあるんですよね。
――作中に中国語のタブーワードをちりばめたくなるだけの事情はあるわけですね。
H:今回の件は、手間がかからない方法で違法アップロード者に負担をかけられないかと、試してみたんですよ。効果の有無も含めて一種の実験でした。実は他にも、タイトルを極端に長くしてみる、どこの販売サイトから流れているのかを確認するために、各サイトに配信する作品ごとに小さく販売サイトの名前を入れてみる、といった対策も試みています。

今後は、無断翻訳者が翻訳した内容の中国語をそのまま使って、自分の作品の「中国語版」として正規販売することも考えています。彼らは「俺たちが翻訳したものだ」と怒るかもしれませんが、権利的には自分のほうが強いですからね。
――なるほど。では、作中の背景にタブーワードを加えたことで効果はありましたか?
H:どうやら、最初に違法アップロードをおこなった人物はタブーワードに気づかずにアップしてしまったらしく、彼らのコミュニティ内で叩かれているようでした。結果、そこの掲示板は政治的な話題でひどく荒れたらしく、わざわざ作者の僕に苦情を言ってきた人もいましたよ。違法アップロードをすべて防ぐことは困難ですが、それをおこなう人たちに低コストで負担をかけられたという意味では効果的な対策だったと思います。
――おお! 効果があったんですね。次はやはり、男性キャラの顔を習近平に変えるしか……。
H:それも面白いですが、僕はあくまでもエロ同人を描いていきたいので、「実用」に差し支えがある描写は難しいですね。毛沢東や習近平を「竿役」にしたら、日本人はエロを感じる前に笑っちゃうと思うんです。ギャグ漫画ならいいんですが、エロには向かない。
――確かに、習近平がハッスルしているエロ漫画で興奮するのは読者側にかなり訓練が必要そうですが、そんな訓練はしたくないですしねえ……。ところで、作中の「香港加油」や習近平関連のワードは、どうやって知ったんでしょうか?

H:「香港加油」や「天安門64」が検閲対象だというのは、インターネットで調べて知りました。そこで、これらを書き入れた漫画のコマを「これがワイの違法アップロード対策や」とツイートしたところ、非常にバズりまして、海外サイトでも取り上げられた。
結果、香港・台湾・中国の人たちが私にたくさんメッセージを送ってきたんです。抗議する人、応援やお礼を言う人……といろいろいたんですが、なかには私が知らなかった他のタブーワードを教えてくれる人もいまして。「習小近熊平」は、検閲対象である習近平のあだ名が「クマのプーさん(維尼小熊)」だと知って、自分でアナグラムを作りました。
――最近のデモの影響もあって、「香港加油」のコマは特に香港のネット上で好意的に受け取られたみたいです。一言お願いします。
H:もともと、これは違法アップロード対策の実験だったので、政治的な意図は全くありませんでした。なので香港や台湾の人からお礼を言われたことに、正直すこし困惑を感じたのは事実です。
ただ、それはそれとして僕は民主主義の側を応援したいですし、戦っているのが体制と市民なら、常に市民の側に立ちたいという思想です。自分の思いとしても、香港でデモをしている人たちに対しては「加油」と言いたいかな。
――違法アップロード者以外の中国人に対してもご意見をお願いします。
H: 今回の件で、中国の人が僕を嫌いになるならしょうがないし、受け入れますが、僕が中国人自体が嫌いだと誤解しないでくれると嬉しいです。思想や性格の好き嫌いはあっても、国籍で人を判断したりはしないから。作品を正規で買ってくれた中国の人には悪いと思うので、僕にメールをくれたらタブーワードが書かれてないデータを送ります。

……とまあ、作者が紳士的に対応しているだけに、中国の違法アップロード者の行儀の悪さがいっそう腹に据えかねる話ではある。
ちなみに筆者が、中国側の同人誌無断翻訳サークルの元構成員である在日中国人留学生・陳(仮名)に取材してみたところ、多くは日本語を勉強中の中国人が腕試しやエロ目的から無償でおこなっている活動のようだ(自前で違法アップロードサイトを持っているような大サークルの場合、バナー広告などで収益化しており有償で翻訳させているところもある)。
「そもそも中国ではエロ表現自体が禁止なのですが、政治のタブーと比べると、検閲はかなりユルい。小規模な範囲でやっている限りは野放しなんです。収益化に成功している大規模なサイトは、潰すとカネになるので、公安が動くときもありますけれどね」(陳)
現代の中国では若者層ほど共産党統治体制の正しさを疑わない傾向が強いため、翻訳サークルのメンバーにも親体制的な「小粉紅」が少なくない。作中の「香港加油」をわざわざ「中国万歳」に書き換えるような行動も、それゆえにおこなわれたようだ。
陳が関係していた中国人の無断翻訳サークルの内部は、実際の翻訳作業担当班、校閲担当班、文字組み担当班の3グループに分かれている。無償作業のケースも多いにもかかわらず、けっこうシステマティックにできているのだ。
翻訳作業担当班への加入は、日本語能力試験N2レベル(おおむね語彙数6000語以上)がスタートラインである。まずは「試水」と呼ばれるトライアル翻訳をおこなってコミュ内で認められてから、本格的に活動を開始する。校閲担当班はN1レベルの日本語上級者が担当しており、原作のエロと萌えをより正確に再現して中国の読者に届けるべく(著作権侵害コンテンツなのに)翻訳クオリティの研鑽に日々努めている。

陳によれば類似の翻訳サークルは複数存在しており、ネットの交流掲示板などで各サークルが担当作品を決めて分業しているという。他のサークルの担当作品に勝手に手を出すと「戦争になる」そうだ。
ちなみに2018年1月には、日本のアニメに勝手に中国語訳字幕を付ける「字幕組」構成員だった在日中国人の若い男女5人が逮捕される事件が起きている。こちらの原因も中国人たちの内部抗争であり、日本の官憲に同胞を売った人間がいたからだそうだ。
中国の無断翻訳・違法アップロード者には意外と商売の匂いが薄い場合があり、趣味の延長線上としておこなっている面もある。そもそも同人誌の外国語翻訳版が正規で販売されることはめったにないので、海外のファンが作品を楽しむには必然的に無断翻訳版に飛びつくしかない……という事情もいちおう存在する。ただ、それでも違法な権利侵害であることには変わりない。
私が中国ライターとしての立場から見る限りでも、中国の無断翻訳者や違法アップロード者に対抗して、漫画の背景に複数のタブーワードを紛れ込ませる方法はおそらく有効だ。
中国のネット監視技術は日々進歩しており、たとえJPEGなどの画像ファイルのなかにマズい言葉が書かれていたとしても、特定が可能だと見られている。
なので、中国人が政治的にヤバい言葉が含まれたエロ同人誌のファイル(翻訳前のデータ)を、自分の端末や中国製のクラウドに多数保存したり、翻訳サークルが日常的な情報伝達に使用しているQQや微信(中国製のチャットソフト)でそうしたファイルをやり取りしたりする行為は、いずれも当局のサイバー検閲に引っかかりかねない。

要するに、中国人がオリジナル版の日本製エロ同人誌のデータを所持したりシェアしたりする行為自体を「政治的に危ない」ものに変えることができれば、中国発の無断翻訳や違法アップロードを大幅に減らせるということだ。
さらに大胆な仮説も提唱しておこう。今後、タブーワード埋め込み作戦が日本の同人界隈で大流行して、中国の若者が日本のエロ同人誌を手に取るとしばしば中国語の反政府的な言説に触れてしまう状態になった場合は、中国政府が日本のエロ同人誌を「体制の脅威」であると学習してくれる可能性もある。
中国政府が本気になったときの動きは凄まじいため、こうなると、中国人による無断翻訳や違法アップロードは一気に大ダメージを受ける。従来は同人作家が個人でチマチマとおこなっていた違法アップ作品の削除作業や犯人の追い込みを、中国共産党が天井知らずの資金力と世界一のマンパワーを使って代行してくれるわけなのだ。
さて、ひとまず本記事の締めくくりとして、下記に中国語の政治的なタブーワードをいくつかご紹介しておこう。もっとも激烈にヤバい言葉もあるので、中国側からの著作権侵害に悩む創作者各位が、作品の中でこれらを用いて中国人からクレームが殺到した場合も、筆者は責任を負いかねる。ご了承いただきたい。
・平反六四(天安門事件の名誉回復を)・勿忘六四(天安門事件忘れるなかれ)・天滅中共(天は中国共産党を滅ぼす)・光復香港、時代革命(香港を取り戻せ、革命のときだ)・香港革命、輸出中国(香港デモを中国に輸出しよう)・解救維吾爾(ウイグルを救おう)・一切都是剛剛開始(すべては始まったばかりだ)・當獨裁成為事實,革命就是義務(独裁が事実となれば革命こそ義務である)・習包子、大撒幣、習大帝、習寬衣、習禁評、習門慶、習阿斗、近平、吸精瓶、小熊維尼、慶豊帝、当代秦始皇、毛近平、現代版毛沢東、紅旗下的蛋、袁世凱第二(※すべて習近平の暗喩)
(安田 峰俊)