自然災害による深刻な被害が相次いでいる。とりわけ台風19号では、29日までに死者は13都県の87人、行方不明者は8人となった。だが、その氏名を公表するかどうかは、それぞれの自治体の判断で分かれている。災害時の氏名公表について、統一された判断基準はなく、専門家は「氏名公表がないと、将来の検証も困難になる。国が方向を示すべきだ」としている。
■相次ぐ非公表
29人が死亡、1人が行方不明となった福島県では、いずれの氏名も公表していない。県は「東日本大震災の時も公表していない」と説明してきたが、地元の報道機関でつくる記者クラブは「災害の検証や将来の教訓を残すため」として、公表を要望している。
犠牲者が出た13都県のうち、死者の氏名を公表しているのは、身元が判明していない東京都をのぞくと、4県だけ。宮城と栃木は県警が公表、岩手と長野は遺族の同意を得て公表した。
茨城県は災害被害情報のガイドラインを設け、死者は遺族の意向を尊重して氏名公表の是非を判断するとしている。今回はこれに基づき、「親族の強い意向」を理由に公表していない。
■消極的な自治体
国の防災基本計画は死者と行方不明者の数について、「都道府県が一元的に集約する」と定めているが、氏名公表については明記されていない。
全国知事会は今夏、氏名公表に関する全国統一基準を作るように国に要望したが、具体的な動きはまだ見えない。神奈川県の黒岩祐治知事は会見で、氏名非公表とした上で、「国が公表の統一基準を作成するよう働きかけたい」とした。千葉県の森田健作知事も会見で、「基準が出た段階で考えたい」と述べた。
■国の指針急務
氏名という個人情報の保護が重視される一方で、行方不明者の氏名を公表することで寄せられた情報が、捜索活動に役立っているケースも多い。
昨年の西日本豪雨。広島、岡山、愛媛各県の対応は分かれたが、岡山県は安否不明者の氏名公表に踏み切り、報道などを見た本人や関係者から生存の連絡が寄せられ、県内の不明者は減少した。
39人の死者・行方不明者が出た平成25年の東京・伊豆大島の土砂災害では、大島町が行方不明者の氏名を公表。生存している住民の情報も寄せられ、効率的な捜索活動につながった。
一方、27年9月の茨城県常総市で鬼怒川が決壊した水害では、行方不明者の人数のみを公表。確認に手間取り、自衛隊や消防との情報共有が遅れた。
DV(ドメスティックバイオレンス)被害者など、不利益がある場合を除き、氏名公表は必要だと主張する静岡大防災総合センターの牛山素行教授は「氏名公表は個人情報保護法で禁じられていないが、自治体での判断が難しく、出さない方向になっている」と指摘する。
名前以外の情報も出にくくなっている現状もあり、牛山教授は、災害の分析や将来への伝承、教訓につながりづらくなる可能性にも懸念を示す。「災害を第三者が検証をすることが難しくなる。メディアの報道の仕方も教訓を伝えるような内容にして、取材方法も抵抗感がなくなるような方向にシフトするべきではないか」と話している。