首里城火災から一夜 実況見分始まる、出火原因や延焼状況を調査

那覇市の首里城の正殿などが全焼した火災から一夜明けた1日午前、那覇市消防局や沖縄県警は現場で実況見分を始めた。火元とみられる正殿を中心に出火の原因や延焼の状況を調べる。周辺では「沖縄のシンボル」の変わり果てた姿に涙する市民の姿も見られた。
スコップやバケツなどの道具を持った消防や警察の担当者らは午前9時過ぎから首里城の守礼門をくぐって次々に城内に入った。上空からは真っ黒に焼け落ちた首里城の姿が見られた。
様子を見に訪れた那覇市の主婦(40)は、「祖先が琉球王朝時代に首里城に勤めていたと聞いていて、大切な場所だった。この週末に小学2年の子供と来る約束をしていたのに」と涙を拭い、「再建のためにできることをしたい」と話した。
火災は10月31日午前2時40分ごろ発生。中心的な建物で木造3階建ての「正殿」の他、「北殿」「南殿・番所」など6棟が全焼。「奉神門」も半焼し、計7棟4836平方メートルが焼損した。警備員の目撃情報から県警などは正殿内部が火元とみている。首里城は高台にあり、風にもあおられて隣接する建物に燃え広がったとみられる。
7棟はいずれも復元建物のため文化財保護法や消防法の規制から外れ、スプリンクラーが設置されていなかった。一方で、周辺に設置された複数の屋外消火栓や放水銃が使われないまま燃え広がっており、市消防局は防火体制や初動対応についても検証する。
城内には絵画など県指定文化財3件があったほか、国連教育科学文化機関(ユネスコ)無形文化遺産の歌舞劇「組踊(くみおどり)」関連の工芸品も展示されていた。火災後の状況が分からなくなっており、被害の確認を急いでいる。
首里城は過去にも焼失を繰り返し、1945年の沖縄戦でも全焼。92年以降に復元され、首里城跡の地下遺構は2000年に世界遺産登録された。【平川昌範、浅野孝仁】