戦国武将・上杉謙信の愛刀とされる国宝の備前刀「太刀 無銘一文字(山鳥毛)」の行方が注目されている。個人の所有で長年岡山県立博物館に寄託されていたが、所有者が売却を模索。「備前長船」で知られる同県瀬戸内市が買い取りに名乗りをあげたが、公費の投入方針に批判が集まり、撤回を余儀なくされた。このため同市はクラウドファンディング(CF)で今年度末までに6億円の寄付獲得を目指すことに方針転換。だが10月末時点で3億3千万円程度で、同市は山鳥毛の“オーナー”になる権利など、新サービスで年度末にむけて巻き返しを図っている。
備前長船の名刀
山鳥毛は「やまとりげ」と読み、通称は「さんちょうもう」。鎌倉時代中期に同市を拠点とした「福岡一文字派」が鍛えた刀で、刃長は79・5センチ。山鳥の羽毛を連想させる刃紋から愛称がついた。
岡山県内の個人が所有。平成9年から岡山県立博物館に寄託されていたが所有者が売却の意向を固め、27年にまず、新潟県上越市と本格的な売却交渉を開始した。所有者は10億円を提示し、後に5億円に引き下げたが、鑑定評価額の3億2千万円以内を予算とする上越市と金額面で折り合いが付かず、交渉は29年に頓挫した。代わって所有者から売り込みが行われたのが、瀬戸内市だった。
これに瀬戸内市が応じた理由のひとつは「市内に国宝も重要文化財もない」(広報担当者)こと。日本刀の名産地でありながら宝刀は各地に渡り、市営の備前長船刀剣博物館(瀬戸内市長船町長船)にも集客力のある目玉はない。貴重な観光資源となることなどから、武久顕也市長の号令で購入にかじを切った。
公費投入に批判集まる
市は購入に必要な費用として、所有者が提示する5億円と、保管先の施設整備費1億円の計6億円とはじき出した。
昨年11月から、個人と企業版のCF型ふるさと納税などで募金を開始。今年4月に売買契約を成立させる予定だったが、年度末までには集まらなかった。
このため、武久市長が自治体の貯金に当たる財政調整基金を購入費用などに充てる方針を表明。しかし反発が強く、これを断念。全額を寄付でまかなう当初の方針に戻した。
市は寄付の受付期限を今年度末(来年3月)までに延長した。集まらなければ購入を断念する。
ただ情勢は微妙だ。寄付額の総計は10月末で、前年度からの繰り越しを含め4億7千万円あまり。ふるさと納税の返礼などの諸経費を除くと、購入に充てられる金額は3億3千万円弱にとどまる。
所有者は瀬戸内市との交渉がまとまらない場合には他県の愛刀家への売却も検討しているといい、市の広報担当者は「県外に流出してしまう恐れがある」と気をもむ。
刀剣オーナーの特典
こうした中で、市は寄付を募るテコ入れ策として10月から「一口佩刀(はいとう)」と題したサービスを開始した。共同で刀剣の仮想オーナーになる制度で、博物館などでその刀剣が展示される際にはオーナーとして名前が掲示される。10月だけで180人から約800万円が集まったという。
また、10月8~14日には備前長船刀剣博物館で「一時里帰り」と題し、山鳥毛を借りた展示会を開催し、5500人を集客。改めて山鳥毛の魅力を打ち出した。
民間でも後押しの動きがある。11月8日には日本刀づくりの技術を神前に納める「刀剣鍛錬奉納」が備前国総社宮(岡山市中区)であり、同館に鍛錬場を構える刀匠、川島一城さんが技前を披露する。入場無料だが協賛金を募り、「里帰り」への寄付に充てる。主催の一人で備前国総社宮青年部の笠原義久さんは、「刀剣は刀匠の思いをこめたもので、刀匠のいた地域にあることが心のよりどころになるのではないか」と話している。