【伊藤 博敏】東レ・キャンギャル「枕営業訴訟」3つの恐喝事件のヤバすぎる背景 あまりに複雑…どうなっているのか

「会った記憶は、うっすらとしかありません。食事した記憶もない。ただ、書かれたようなことはありません。事実無根です」
11月5日午前10時、東京地裁の法廷で証人を被告人や傍聴人の視線から守るための衝立の内側で、マンション販売などを営む不動産会社のA社長は、言葉を選びながら尋問する検事に答えていた。
記憶があいまいな相手は、数年前、東レキャンペーンガールに選ばれたBさん。選ばれる前年、2人は都内ホテルで食事し、カラオケルームに行った。そこで30万円を渡したA社長は「わかっているんだろう」と関係を迫ったという。
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未遂に終わったというが、これがBさんの所属事務所社長の仕掛けた「枕営業」であることが、Bさんの事務所移籍に伴う民事訴訟で明らかになる。
このトラブルで、Bさんはキャンペーンガールの内定を取り消された。その“恨み”もあってBさんは、被告となった移籍した事務所側の証人として、昨年8月、枕営業を強いた小林英雄社長の実態を暴露した(今年4月末、原告となった小林社長側の敗訴で決着)。

この枕営業が、すべての発端だった。今年に入って警視庁組織犯罪対策3課は、互いに絡み合って複雑な3つの恐喝事件を摘発、すべて起訴され、現在、公判が始まっている。
ひとつひとつは小さな事件だが、その裏には大きく展開させて“手柄”にしたかった警視庁組対3課の思惑、図らずも恐喝の舞台となったネットジャーナリズムの存在感、連座した最後の総会屋の意地、事件の先を見据えた検察の期待などが絡み合う「今」を象徴する事件となった。
A氏の法廷証言をもとに、事件を時系列で辿ってみよう。
Bさんの証人尋問調書がネットメディアの『アクセス・ジャーナル』に掲載されたのは、公判から2ヵ月半後の昨年10月10日だった。
そこでは、公の場である公判で明かされたとして、すべて実名報道。A氏の会社名、氏名はもちろん顔写真も掲載された。
A氏の会社は年商数百億円。業界の中堅で知名度がある。また、イメージが大切な商売だけに、A氏はおおいに焦る。

「ネットに掲載された日、知人に『不名誉な記事が掲載されている』と、知らされ焦りました。顧問弁護士に相談するも『放っておきなさい』という返事でした」(A氏)
そこで、芸能プロダクションを傘下に持つA氏は、旧知の芸能プロ社長で人脈の広い山田浩貴・オールイン・エンターテインメント社長に相談する。山田社長は、知らせてくれた知人であった。
山田社長は、近年、飲食・金融・不動産などを手掛けて勢いのある松浦大助グループの幹部で、自分よりさらに顔の広い松浦正親・オールイン・エンターテインメント顧問に相談する。
その松浦氏が頼ったのが、「最後の総会屋」の異名を取る竹之内昌虎氏だった。竹之内氏は手を尽くしてアクセス発行人の山岡俊介氏へのルートを探り、出版社社長の紹介で山岡氏に接触。「未遂だし、下半身の話じゃないか」と、説得。硬派ではあるが、納得すれば抗議を受け入れる山岡氏は、10月25日までに顔写真を外し、A氏をイニシャルに変えた。
これが3つの恐喝事件の原因となった。以降、1週間の動きは目まぐるしく、A氏の気持ちは千々に乱れた。
26日、A氏は感謝の気持ちをLINEで山田氏に伝える。
「本当にありがとうございます」「感謝申し上げます」「凄いです」――。
翌27日、六本木の飲食店で山田氏と待ち合わせ、気持ちの100万円を持参した。そこにいたのが、「面識がある程度」の松浦氏だった。A氏としては、それで一件落着のつもり。
ところが、「この件は根が深い」「山岡さんは私(A氏)のネタを7つ、8つ持っている」「人が1人、2人死んでもおかしくない」という不気味な話を聞かされる。

「顔面蒼白になり、天国から地獄に突き落とされた気になりました。『(山田さんに)1000万円を用意するので助けてください』と、伝えました」(A氏)
翌28日、払うべきか払わざるべきかを顧問弁護士を交えて協議。「払わない方がいい。どこにカネが渡るかわからない」と、みんな否定的だったが、山田氏を信用しきっていたA氏は、29日、1000万円を弟に届けさせた。
ところが、思わぬところから攻撃を受ける。
30、31日の両日,前述の小林英雄氏とその知人の堀川嘉照氏に呼び出され、「総会屋を使って、記事をもみ消そうとしただろう」と、脅され、500万円を支払うハメになった。
反社との付き合いは、金融機関が相手にしなくなるという意味で、枕営業の個人スキャンダルよりさらに重いタブーだった。
11月に入ると、顧問弁護士に相談、「もうあなたの手に負える話じゃない」ということで、警視庁に被害届を提出した。
組対3課が、まず逮捕したのは竹之内昌虎氏だった。今年6月18日、暴力行為等違反で逮捕、起訴され被告となり、現在、公判中だが、逮捕前日、私の電話に出て、「パクるいうんならパクればいいんじゃ」と、広島弁でまくし立てた。
逮捕は、『アクセス・ジャーナル』に書かれた記事を巡るもので、A氏の事件とはまったく別だが、同じ組対3課の同じ班が手掛け、荻窪署に捜査本部が置かれていることから、A氏事件を睨んでいた。このあたりの裏事情を、私は本サイトで<警視庁が前科9犯「最後の総会屋」を逮捕した複雑な事情>(6月20日配信)と題してお伝えした。

次に組対3課は、小林、堀川の両容疑者を7月9日、逮捕した。続いて12日、山田、松浦の両容疑者を逮捕。いずれも起訴され、被告となったが、さらに小林被告の顧問の川又誠矢被告も逮捕、起訴されており、A氏絡みで6名が公判中の身である。
私は、逮捕直前の松浦被告に会い、A氏とのLINEのやり取りを見せられて、「感謝され、慰労会まで開いてもらった。1000万円だって、向こうが謝礼や経費として持ってきただけ。それでどうして恐喝なんですか」と、怒りをぶちまけられていた。
逮捕前の自己弁護はよくあることだが、5日の公判でA氏の口から語られたのは、山田氏への信頼であり、最初の100万円も次の1000万円も、能動的な提供だった。
ただ、30日に小林、堀川両被告が登場してからは、「共謀を疑うようになった」といい、記事を抑えるために総会屋を使ったとは知らず、「詐欺のようなもの」と語った。実際、最初の被害届は詐欺罪であり、今年3月、容疑は警察によって恐喝罪に切り替えられた。
また、捜査過程で、「山田・松浦事件の被疑者には、アクセスの山岡と総会屋の竹之内も含まれる」という情報が流されていた。
山岡氏は、安倍政権批判はもちろん、警察、検察といった捜査権力にも激しく噛みつく。自身のブログで「自分を狙う国策捜査だ」と当局を牽制。山岡氏とは旧知の私も、『週刊現代』のコラムや夕刊紙などで、国策捜査の疑いを指摘した。

結果的に、A氏事件が山岡、竹之内の両名に波及することはなかったものの、警視庁捜査を後押しした検察の思惑のなかに、山岡封じとともに、政界中枢にもパイプを持つ松浦グループに切り込みたい、という気持ちがあったのは否定できまい。
枕営業が発端の小さな事件だが、背後にはさまざまな思惑と計算が働いていたのである。