青森県南部町教育委員会は、北東北最大の戦国大名、三戸南部氏の中心的居城だった国史跡「聖寿寺館跡」(同町小向)で、15世紀後半~16世紀初頭の東北最古級の升形虎口(ますがたこぐち)(出入り口)が見つかったと発表した。当時の最新築城術を全国的にも早い段階で導入しており、三戸南部氏の中央との交流や格式の高さを示す重要な発見という。【塚本弘毅】
升形虎口は敵の城館侵入を阻むため、入り口を四角い升形にして通路を右左折させ、真っすぐ攻め込めないようにした防御施設。戦国の争乱が激しくなる16世紀中ごろから全国的に増えた。
聖寿寺館跡では、10月に室町・戦国期(15世紀~16世紀前半)の遺構で、堀を渡るために造られた、東北最大級の版築土橋跡が確認された。その後、土橋東側約4メートルの地点で、さらに古い版築土橋跡(15世紀後半~16世紀初頭)が発見され、土橋につながる升形虎口の跡も確認。北側から土橋を渡ると2メートル四方の空間に入り、進路はほぼ直角に西側に折れ曲がる構造になっていた。
この升形虎口は遅くとも16世紀初頭には築かれていたとみられ、新しい土橋が建てられた後に埋め立てられたことも判明。城郭考古学者の千田嘉博・奈良大教授からは「国内でも古い段階に位置づけられる」という所見を得ているという。
町教委の布施和洋総括主査は「南部氏が貪欲に中央の情報を取り入れたことがうかがえる。中央と密接な関係があったのではないか」と話している。