2020年3月21日、富山市内の「富山ライトレール富山港線」と「富山地方鉄道市内線(路面電車)」が、富山駅の高架下で接続する。これで富山駅の南北で展開している2つのLRT(次世代型路面電車)路線が相互直通運転を開始する。そればかりか、接続に先駆けて、2月22日に富山地方鉄道と富山ライトレールは合併し、南北の全線が富山地方鉄道の管轄になる。
現在、富山ライトレールは1回の乗車で210円の均一料金。富山地方鉄道市内線も同じで、210円の均一料金だ。富山駅で2つの路線を乗り継げば、それぞれ210円、合わせて420円かかる。しかし、3月21日からは全線が富山地方鉄道市内線となり、富山駅南北の直通運転が始まる。それでも運賃は全区間210円に据え置く。
つまり、いままで富山駅南北の路面電車をまたがって利用していた人にとっては「直通運転で便利になる上に、運賃は今までの半額」となる。合併で同じ会社の路線になるわけだから当然ではある。しかし「そこまでやるか!」と驚く。「受益者負担」は据え置きでいいのではないか、という考え方もあったはずだ。
何しろ、この路面電車の南北接続事業に関しては富山市が主体となる事業であり、富山県の公金が充当され、国からも補助金を得ている。南北接続区間は上下分離され、富山市が軌道設備の保守費用を負担する。その枠組みは賛成だ。とても良い。
大胆な「運賃値下げ」に踏み切った“英断”
しかし、いままで420円だったからこれからも420円、とすれば、富山地方鉄道の収入は安定するし、線路使用料として富山市に支払う金額に反映できる。利用者としても「便利になって料金据え置き」だ。十分におトクじゃないか。あるいは、せめて多少の割引く
らいにとどめてもいい。これまでの検討資料の中でも「双方を乗り継ぐ場合は、乗り継ぎ先の運賃を50円割り引く」という案があった。これは会社合併まで踏み込んでいない時期の議論で、東京メトロと都営地下鉄の乗り継ぎ割引のような制度だ。
ところがその後、富山地方鉄道と富山ライトレールの合併まで話が進んだ。10月1日に開催された「路面電車南北接続に関する共同記者会見」で、国に申請する運賃について「全線210円均一」と発表された。富山地方鉄道の英断とのことで、富山市長から「大変ありがたいと受け止めています。(中略)こちらの思いをご配慮いただいたと素直に思っております」と感謝が述べられた。
富山地方鉄道は電車の運行本数を増やして、利用者数の増加による増収を目指す。富山地方鉄道社長は「100年に一度の接続だ」と評し、全線均一料金実施の決意が語られた。
ちなみに定期券は7950円となり、富山地方鉄道の定期券8280円から330円の値下げ。富山ライトレールの定期券7440円からは510円の値上げとなる。値上げといっても、今後は利用可能区間が大幅に増える。510円アップで富山駅南側区間も乗り放題ならおトクだし、従来、2つの定期券を買っていた人からすれば1万5720円が7950円になる。
富山地方鉄道には線路使用料の負担が増える。車両も増備する。しかし値下げだ。利用者としては歓迎だし、批判的な意見はほぼなさそうである。
それにしても、なぜ、富山地方鉄道は思い切った運賃を決定し、それを富山市と市民が支持できるか。そこには、90年前から富山県で受け継がれてきた「一県一市街化」の思想がある。
昭和5年のMaaS? 「県内どこからでも1時間で中心へ」構想
「県内どこからでも1時間で中心へ」という「一県一市街化」構想の提唱者は、富山地方鉄道創業者の佐伯宗義だ。出身は立山のふもと、芦峅寺。江戸時代は立山信仰で栄えたという。しかし明治の神仏分離令で町は寂れた。山里に生まれ、そこで暮らす人たちは、その立地のために貧しい。電車とバスを整備すれば、誰もが町に働きに行けるし、学校や病院にも通える。
佐伯自身は比較的裕福だったようだ。生家は鉱山経営や材木商を営み、佐伯も父を手伝って上京する。才覚が開花し、30歳のときに福島県の信達鉄道(現・福島交通)を再建させた。そして1927(昭和2)年、33歳で富山に戻った佐伯は、建設中に破綻した越中鉄道の重役として再建に着手する。しかし地元の政治家が社長に就くと袂を分かち、かねてより温めていた「一県一市街化」を実現するため、1930(昭和5)年に「富山電気鉄道」を設立する。この会社が後の富山地方鉄道となっていく。
富山県は4つの大きな川に分断されており、山里から富山市へ直線的に出られず、迂回(うかい)を強いられている。そして当時の富山県は、官営鉄道の北陸本線と飛越線(後の高山本線)の他に8つの民間鉄道があり、それぞれ地元の実力者が握っていた。佐伯は街頭で「一県一市街化」を唱え、誇大な構想と揶揄(やゆ)されながらも、富山電気鉄道として電鉄富山~電鉄黒部間(本線)、寺田~岩峅寺間(立山線)を開通させた。
その一方で、立山鉄道(立山線と統合)、富南鉄道(後の不二越線)、富岩鉄道(後に鉄道省、国鉄、JRを経て富山ライトレール)の3社を合併した。余談だが、富山ライトレールは元富山地方鉄道の路線であり、国有化から77年ぶりに富山地方鉄道に復縁するとも言える。
戦時下で「交通一元化」構想が実現する
その後も佐伯は富山県の交通一元化を目指していた。しかし鉄道会社合併後、10年以上も停滞する。いや、富山県どころか、日本はそれどころではなかった。富山電気鉄道設立時より中央では軍部が台頭し、1931(昭和6)年に満州事変が勃発すると、日本は戦時体制に入った。
そんな中、期せずして佐伯のもくろみが達成された。1943(昭和18)年の「陸上交通事業調整法」だ。世界恐慌や戦時下において、中小交通事業者の乱立、競合が問題視された。そこで、地域ごとの交通事業者を統合するために「陸上交通事業調整法」が作られた。指定地域は東京・大阪・富山・香川・福岡だった。東京では主要私鉄を束ねた「大東急」が誕生し、大阪では近畿日本鉄道と京阪神急行電鉄が誕生した。
その頃、富山では、富山電気鉄道を中心とし、加越鉄道、富山県営鉄道、黒部鉄道、越中鉄道、富山市営軌道を合併して、富山地方鉄道が誕生した。この時、富山・高岡など4地域のバス会社も合併する。これで多くの山里から富山市へ行く交通網ができた。佐伯の「一県一市街化」構想は、ひとまずここで歴史に区切りを付ける。
戦後、すぐに佐伯宗義は政界に進出。各地方が交通と観光によって地方を発展させれば、総じて国の発展につながるという考えを持つ。黒部川奥地の電源開発を地元立山の観光に生かすべく、1952(昭和27)年に立山開発鉄道を設立するも停滞。1964(昭和39)年に立山黒部貫光を設立して再挑戦し、1971(昭和46)年に立山黒部アルペンルートが全通した。構想から25年がたっていた。
公共交通手段を用いて北アルプスを横断する観光ルートは、現在も各地の観光回遊ルート策定の手本となっている。公共交通で地域を活性化させる「一県一市街化」に通じる佐伯らしい取り組みであった。
「鉄軌道王国・富山」の疑問が解ける
富山県は伝統的に鉄道を大事にする自治体という印象がある。来年の路面電車南北接続と活性化の取り組みもその1つだ。しかし、合併される富山ライトレールも、地方鉄道再生のモデルケースとして注目を浴びた路線だ。
富山ライトレールの歴史は富岩鉄道から富山電気鉄道(現在の富山地方鉄道)に買収された「富山港線」にある。富山港線は戦前に鉄道省に買収され、戦後は国鉄富山港線として残された。沿線の工場や富山駅中心部への通勤通学路線だったものの、運行本数は1~2時間に1本というローカル線だった。
北陸新幹線の着工が決まり、合わせて富山駅の高架化が検討されると、富山港線の処遇が問題となった。富山港線を高架駅に乗り入れるべきか。JR西日本は「高架駅乗り入れはしないでLRT化し、将来は富山地方鉄道の路面電車と接続する」「廃止してバス転換する」などの検討を始めた。
そこで富山市はLRT化を選択。第三セクターの富山ライトレールを設立した。LRV(低床電車)を導入し、富山駅側は路面軌道へ線路を付け替えた。運行間隔を日中も15分ごとと大幅に増やし、拠点駅からフィーダーバスを運行した。電車で往復すれば飲みに行けると、通勤通学以外の利用も増えた。その結果、利用者は増加、マイカー利用は減って渋滞も和らいだという。一時期、LRTの導入を検討する自治体がこぞって見学に訪れた。
興味深いことに、隣の石川県は戦後になって北陸鉄道の廃止が進んだ。それとは対照的に富山県では路面電車を残し、富山港線を存続させ、南北の路面電車を合併して接続させる。これは公共交通に対する文化、思想の違いが現れているのではないか。そう思いをはせるとき、佐伯宗義の「一県一市街化」構想にたどり着く。佐伯宗義の没後38年。今もなお、富山には「一県一市街化」の思想が残っている。
富山地方鉄道と富山ライトレールの合併は2020年2月22日。この日は、「一県一市街化」を目指した佐伯宗義が富山電気軌道を設立した1930年2月11日からちょうど90年……と11日後だ。おっと惜しいな。2社合併だから2の並ぶ日が選ばれたか。
MaaSと「一県一市街化」に共通するもの
現在、MaaSという概念が注目されている。マイカーに頼らずとも意のままに移動できるよう、公共交通機関をリンクさせようという考え方だ。ICTを活用し、情報提供や決済も手元の携帯端末で可能とし、移動情報の
ビッグデータを交通政策に反映させる。
その概念に「一県一市街化」との共通点を見いだせないか。もちろん当時はICTなんて便利な道具はなかった。しかし、自動車が普及していない状況下で、いかに人々が意のままに移動できるか。その考え方はMaaSに通じると思う。
富山地方鉄道と富山ライトレールの合併で、ICカード乗車券は富山地方鉄道の「えこまいか」に統合するようだ。富山ライトレールの「パスカ」も今まで通り使用できる。パスカ定期券も継続使用できるけれども、更新の時にえこまいか定期券に切り替えていくという。
また、現在は「交通系ICカード全国相互利用サービス」に対応していないため、「Suica」などで富山地方鉄道を利用できない。この問題については、JR西日本が2021年春に向けて、「ICOCA」の地域交通事業者向けの車載器、システムを開発しており、富山県でも採用されるだろう。
富山県に受け継がれていく「一県一市街化」は、MaaSのICTが加わることで、さらに理想に近づいていく。富山ライトレールが地方鉄道活性化の手本となったように、“富山版MaaS”の誕生がMaaS普及の手本になるかもしれない。
(杉山淳一)