若い頃にはなんでもなかった病気も高齢になってかかると事情はまるで違う。どうせすぐ治る、そう甘くみていたら深刻な症状に悩まされることになる。自分だけは大丈夫、そんな幻想は今すぐ捨てたほうがいい。
「容態が急変する1ヵ月ほど前から、主人は『なんだか様子がおかしい』とボヤくようになったんです。でも、ゴホゴホと咳き込んだり、頻繁に痰が出たりというわかりやすい症状は一切なかった。定期的に体温を測っても、せいぜい37℃を少し超えるくらいの微熱しかないんです。
『よくわからないんだけど、元気が出ない。調子が悪いんだ』と不安な声を漏らしていました。いま振り返れば、あの曖昧な症状こそが大事なサインだった。夫の体に現れていた深刻な予兆を、私は完全に見逃していたんです。悔やんでも悔やみ切れません」
これは2年前、夫の博史さん(享年68、仮名。以下、医師を除きすべて仮名)を肺炎球菌性肺炎で喪った池谷静香さん(65歳)の懺悔だ。
冒頭のように博史さんがぼんやりとした異変を訴え始めたのは8月のことだった。
それまでは体調管理に努め、涼しい早朝の時間帯に30分のウォーキングを日課としていた博史さんだったが、だんだん『今日は気乗りがしないからやめにする』と、外出を敬遠するようになっていった。ノッソリとベッドから這い上がるように起床してもソファに座り、ボーッとテレビを見るような日々が続いていた。
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そんな状況でも明らかな不調が見られなかったため、静香さんも無理に病院に引っ張っていくようなことはしなかった。暑さで疲れているだけ、一過性のものだろうと深刻には受け取らなかった。だが、そんなある日、博史さんがバッタリと倒れてしまう。
「主人が起きぬけに『静香、頭が割れそうなほど痛いんだ』と訴えてきたんです。たしかに主人の表情はそれまでとまったく違う深刻なもので、これはただ事ではないと直感しました。
さらに、それまでは微熱程度しかなかった体温も40℃近くまで一気に急上昇していました。後頭部から首にかけての筋がガチガチに硬直してしまって、自由に動かすこともままならない。だんだん意識も朦朧としてきて、ビクビクと痙攣しながら『ウゥ~、アゥ~』といううめき声まで上げはじめました。
私もいきなりのことで混乱したまま、急いで救急車を呼びました。ですが、主人が救命救急センターに運び込まれたときにはもうすでに手遅れになっていた。本当に、あっという間に亡くなってしまいました。
死因を調べたら、肺炎球菌性肺炎という病気にかかっていたことが判明した。さらに、菌が脳にまで侵入して髄膜炎を併発していました。
最初に主人が不調を訴えたとき、大したことじゃないと思わずに無理やりにでも病院に連れていけばよかった。ただの夏バテだと高をくくってしまったせいで、最悪の事態を招いてしまいました……」
悲痛な面持ちでそう語る静香さんだが、池谷夫妻を襲ったような悲劇は決して珍しいものではない。「年を取ったら、なってはいけない病気」のせいで、思いがけず命を落としてしまう高齢者は後を絶たない。
若い頃ならかかっても重篤化せずにすぐ治った病気でも、60、70、80と年齢を重ねると事情は変わってくる。博史さんを死に追いやった肺炎球菌性肺炎もそんな病気のひとつだ。
「肺炎球菌は読んで字のごとく、肺内に入ると肺炎を起こす細菌のことです。数ある肺炎の中でも非常に頻度が高く、なおかつ重症化しやすいのが特徴。
この細菌は、子供から青年層、高齢者にいたるまで全世代で肺炎を起こします。ですが、子供は保菌者といって菌を持っていても、症状が全く出ないこともよくあります。
一方、高齢者の場合は抵抗力が弱まっている。そのため、すぐに重症化して取り返しのつかないことになってしまいます」(洛和会丸太町病院の上田剛士医師)
上田医師が指摘するように、高齢者になるほど免疫力、抵抗力が低下してしまうもの。
通常、人は体内に細菌が侵入すると、異物を排除するためにすぐさま発熱し、敵と戦う仕組みになっている。ところが高齢になるにつれ、異物に立ち向かおうと発熱するエネルギーそのものが弱まっていく。その結果、肺炎にかかっても自分の力では治らなくなってしまう。
さらに、若い年代の患者は肺炎にかかると咳や痰の症状が出るが、高齢者はその力さえも弱まっている。つまり、普通ならば顕在化するはずの肺炎のサインが鳴りを潜めてしまい、病気の発見が遅れるのだ。博史さんの症状をみると、まさにそれに当てはまる。
肺炎球菌性肺炎は現在、公費助成でワクチンを接種することができる。一度ワクチンを打てば、その効果はおよそ5年間持続する。池谷夫妻はこのワクチンを受けていなかったことで、助かる可能性を自ら潰してしまっていた。
他の病気に目を転じても、高齢者になったら気をつけなくてはいけないものは多い。代表格は、尿路から細菌が侵入して体中を蝕んでいく「尿路感染」だ。
「尿路を通じて起きる感染症は、非常に幅広いものがあります。主な病名としては、膀胱炎や前立腺炎、尿道炎が挙げられる。尿路感染の病気には、それぞれ特徴があります。
たとえば膀胱炎を例にとってみれば、男性よりも女性に患者が多い。これは男性のほうがペニスがあるぶん、尿道が長く、局部から細菌が入り込みにくいからです。膀胱炎にかかると、排尿時に焼け付くような痛みと不快感が走ります。
さらに、最近では節水型のトイレが増えてきました。それに連動して、トイレ詰まりを避けるためトイレットペーパーが薄くなっている。こうしたタイプのものは用を足した際に局部に張り付きやすいのです。高齢者ほどそれに気がつかず、局部が細菌の温床となってしまいます」(獨協医科大学埼玉医療センターの井手久満准教授)
ちなみに、年を取るとだんだん膀胱と尿管のつなぎ目が緩くなってしまう。そのために尿が尿管などに逆流して菌が体内に流れ込む、膀胱尿管逆流症という変わった病気もある。
数ある尿路感染の中でも、もっともかかりたくないのが腎盂炎。これに罹患すると、命さえ落としかねない。
尿路感染で尿道炎にかかったことから腎盂炎を併発し、あやうく死にかけたという佐伯俊彦さん(72歳)は、自身に起きた体験をこう語る。
「あれは去年のことでした。自宅のトイレで小便をした際、局部から下腹部にかけて、わずかにヒリつくような違和感があったんです。
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実は40代の頃、サラリーマンだった時代に尿道炎を患ったことがあった。その時に感じた痛みと酷似していたんです。当時、泌尿器科で診察を受けて、処方された抗生物質を飲みました。すると一発で痛みが消えた。菌も壊滅してすっかりよくなったんです。そんな経験があったので、もし尿道炎でもすぐに治るだろうとつい甘くみてしまった。
それから2日後。痛みがひかないので、そろそろ病院に行こうと思っていたタイミングでした。突然、腰と背中にビリッとした痛みが走ったんです。症状が出たのは、自宅のリビングだった。あまりの激痛に、その場でガクンとうずくまってしまいました。強烈な吐き気を催して、ガチガチと歯が鳴るほどの震えが出てきた。
このままでは死んでしまうと、絞り出すように隣の部屋にいた妻の名前を呼びました。私の姿を見た妻は血相を変えて、すぐさまタクシーを呼んでくれた。そのまま近所の総合病院に駆け込んだんです」
急患で診察を受けた佐伯さんに担当医が下した診断は、腎盂炎だった。軽度の尿道炎をたった2日間放置しただけで、細菌が一気に腎臓まで達していたのだ。
「先生から診断の説明を受けているときも、あまりの痛みで冷や汗がダラダラと流れてきました。もしこのまま放っておいたら、腎臓からの細菌が血流に乗って全身へと回り、敗血症を起こしていたかもしれない、と説明を受けました。
それだけではありません。腎盂炎が急性腎不全や多臓器不全にまで悪化して、死ぬ可能性もあった。尿道のちょっとした痛みなんて、若い時には問題にすらしない症状でした。それだけに、まさかこんな大ごとになるとは想像すらしていませんでした」
腎盂炎のせいで高熱が出ていた佐伯さんは同時に脱水症状を起こしており、そのまま即入院。腹部のエコーや骨盤造影のCTなど詳細な検査を受け、点滴生活を余儀なくされた。彼が退院したのは、倒れてから2週間後のことだった。
佐伯さんの場合は、「昔かかったことのある病気だから心配いらない」という過信が招いた深刻なケースといえる。尿道周りのトラブルは想定外に重症化することがあるので気をつけたい。
危険な感染経路は尿管だけではない。口からの細菌の侵入もまた、見逃せない問題だ。
年齢を重ねると、口腔内の唾液分泌が徐々に減少してしまう。唾液は口の中を潤すだけでなく、細菌の増殖を抑え口腔内をキレイに保つ役割も果たしている。細菌にとって、乾いた高齢者の口腔は侵入し放題、というわけだ。
実際、口内の悪い細菌が心臓弁にまで菌が達し、心内膜炎を発症するというケースもある。心内膜炎にかかると、心臓弁が破壊されるだけでは済まされない。心臓に溜まった菌の塊が体内に流れ込み、各臓器の血管が詰まってしまうのだ。
特に脳の血管に詰まると脳梗塞となり、患者はある日突然、卒倒してしまう。つまり、心臓を拠点にして、体中に菌がバラまかれるという最悪の状態になってしまうのだ。
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「高齢になればなるほど、どうしても歯や口内のケアが面倒くさくなり、疎かになってしまうものです。実際、私が見ている患者さんでも、在宅の方にはきちんと口腔ケアが行き届かないこともあり、かなり汚染されている場合があります。
要介護高齢者の死因では、誤嚥性肺炎が多い。その原因は食事の誤嚥よりも、口腔内の雑菌を就寝中に誤嚥して起こることが多いといいます。
また口腔ケアの不足で歯が失われ、食べる機能が低下することで栄養不足に陥り、ますます抵抗力が低下する。高齢者における歯のトラブルは、生きる喜びや生死にも関わる大きな問題です」(桜新町アーバンクリニックの遠矢純一郎院長)
高齢でかかったがために、日常生活すらままならなくなる病気は枚挙に暇がない。帯状疱疹も、かなり悲惨な病気だ。
5年前、67歳で帯状疱疹にかかり、現在でもその不快な痛みと痒みに苛まれている梶原茂さん(72歳)は、忌々しげな顔でこう語る。
「この病気にかかって、生活のすべてが変わりました。もう、何もかもがどうでもよくなってしまった。そもそものキッカケは、体の左半分が肋骨に沿ってチクチク、ピリピリと痛みだしたことだった。あれが最初の自覚症状だったんです。
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しばらくしてから痛みが出ていた脇腹に赤い発疹が現れてきた。その発疹が水膨れになって、強烈な痛みと痒みが続きました。でも、水膨れは1週間ほどで黒いかさぶたに変わっていった。痛みが出はじめた1ヵ月後には、かさぶたも自然に取れていきました。あぁ、これで完治したと安心しましたよ。
でも、それが地獄の始まりだったんです」
かさぶたが取れてからしばらくは平穏に過ごしていた梶原さんだったが、半年後に突然、胸部に焼き付けられるような痛みを覚えた。年齢も年齢だけに、もしかしたら心筋梗塞かもしれない。心配になった梶原さんは病院へと駆け込んだ。
「最初、担当医も心筋梗塞を疑っていました。でも、いくら調べても心筋梗塞の診断はつかなかった。これは別の病気だろうと。そこで精密検査を受けると、半年前にかかった帯状疱疹のウイルスがまた活発化していることがわかったんです。
しかも、今回はウイルスが全身に回っていた。もう、最悪ですよ。どんな薬を服用しても、まったく効かない。それどころか症状は悪化するばかりです。
まず、四六時中、体のいたるところが痛むんです。一瞬だけ収まったと思っても、すぐに痛みがぶり返す。本当に、おかしくなりそうです。
それと同時に、激しい痒みにも悩まされる。ベッドに入ってからもあまりの痒さで皮膚をかきむしり、布団が血だらけになるんです。ろくに眠ることもできずに不眠症にもなりました。
どうすれば治るのかもわからない、出口のない苦しみに今も悶えています。もし、この痛みと痒みが一生続くことになれば……そう想像するだけで、死んだほうがマシだと本気で思ってしまいます」
痒みと疼痛に悩まされた挙げ句、重症化すれば患者の命すら奪ってしまうこともあるのが、この病の恐ろしいところ。
帯状疱疹は症状が一時的に収まっても、ウイルスは体内に残留し続ける。そして患者の体が弱まったときに再び暴れ出すのだ。深刻な例だと、ウイルスに顔の左半分が侵され、眼球にまで真っ赤な発疹ができて失明してしまったという患者もいる。さらにウイルスが頭部に達すると、脳炎まで引き起こしてしまう。そうなると、最悪の場合、患者は死に至ってしまう。
帯状疱疹は’16年から50歳以上の人を対象にして、ワクチン接種が可能になった。罹患したときの悲惨さを考えれば、とにかく早め早めのワクチン接種と治療を心がけたい。
ここまでみてきた肺炎球菌性肺炎に腎盂炎、帯状疱疹はいずれも感染症の一種で免疫力の低い高齢者は特に気をつけるべき病気。だが、高齢者はそれ以外にも充分な注意を払わないといけない病がある。そのひとつが、「痛みの王様」とも言われる尿管結石。
「尿管結石といえば、自分にはまったく関係のない病気だと思っていました。あんなものは酒の飲みすぎで起こる、サラリーマン特有の病気だとばかり捉えていましたから。
会社員時代は後輩が尿管結石にかかっても、『へぇ、大変そうだね』と他人事としてしか受け取っていませんでした。まさかあの猛烈な痛みの当事者になるなんて、夢にも思っていなかった」
こう切り出すのは、都内在住の近藤雄二さん(64歳)。3年前、尿管結石にかかって地獄を味わった。
近藤さんは国内の大手メーカー営業部に勤めていた会社員時代、毎日接待で飲み歩く生活を送っていた。平日は2軒、3軒と飲み屋のハシゴは当たり前。だが、大学時代に野球部で鍛えていたことが幸いしてか、体を壊すことはまったくなかった。
定年退職してからも深刻な病気にかかることはなく、自分は健康そのものだと思い込んでいたのだ。だが、それはまったくの過信だった。
近藤さんの体に気絶するほどの痛みが走ったのは、8月中旬の夜。日中の最高気温が35℃を超えた猛暑日の熱帯夜だった。
布団で横になっていた近藤さんを、突如脇腹が刃物で刺されたような痛みが襲った。その衝撃に悶絶し、のたうちまわる近藤さん。七転八倒し、声すらも出ない。隣で寝ていた妻・京子さんが夫の異変に気付き、すぐに119番。病院へと担ぎ込まれた。
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「救急車で運ばれているときも、あまりの痛さで呼吸すら満足にできないんです。救急救命士の呼びかけに答えたくても、『ヒューッ! ヒューッ!』としか反応できない。惨めですよ。辛うじて首を縦と横に動かすことで意思表示するのが精いっぱいなんです。
診断の結果は、尿管結石。尿道から細い内視鏡を入れ、レーザーで石を粉砕しました。その後、大量の水を飲んで、少しずつ粉々になった石を体外に出していった。それもまた痛くて痛くて。
病状が落ち着いたところで先生に話を聞けば、運動不足と水分不足が原因だという。現役時代に比べ、酒の量はかなり減っていたけど、まさか運動不足が原因で結石になるなんて。若い頃は大丈夫でも、年を取ると別の原因で病気になることがあるんですね」
他にも、痛みを和らげるために薬を飲みすぎ、逆に重篤な疾患を抱えてしまうこともある。ロキソニンなどの強力な解熱鎮痛剤を過剰に摂取したことによって起きる出血性胃潰瘍もそのひとつ。
「ロキソニンを飲みすぎると、胃が荒れて出血してしまうことがあるんです。若いうちなら、多少胃が荒れたとしてもダメージは長期化しない。回復力も強いので、薬の連用もあまりしません。その一方、高齢者は痛みがひかず、ついつい立て続けに薬を飲んでしまう。実際、80代になる女性が1日3回ロキソニンを服用する生活を、2年もの間続けていました。その方は胃だけでなく、腸にも傷ができていた。
ロキソニンだけではありません。同じく強力な効果がある市販薬として名前が挙がるのがボルタレン。この薬も、服用し続けることで肝臓がボロボロになる可能性がある。特に高齢者の場合、使用には充分な注意を払うことを勧めます」(永寿総合病院の池田啓浩医師)
年を取っても自分だけは若い頃のまま。そう思い込んでいる人は多いだろう。だが、そんな人ほど「なってはいけない病気」には気をつけなければならない。
『週刊現代』2019年8月3日号より