札幌の繁華街・ススキノを流れる鴨々川沿いで11月1日、大正末期ごろに建てられた古民家が取り壊された。ギャラリーやレンタルスペースとして、2013年から市民の集いの場となっていた「鴨々堂」だ。かつては芸者の置屋として使われるなど、ススキノの花街文化を伝えて約90年。解体現場では、1人の女性が静かに作業を進めていた。【高橋由衣】
数匹のコイが悠々と泳ぐ園生橋のたもと。青いトタン屋根が印象的な木造2階の一軒家からは、家具が全て運び出されていた。2階の南側にある壁は取り払われ、冷たい風が吹き付ける。解体作業の開始から約1週間後の10月16日。木くずや砂が舞う室内で、鴨々堂店主の石川圭子さん(48)が黙々と木片を袋につめていた。
鴨々堂の歴史は、明治初期の北海道開拓期にさかのぼる。札幌の開発に従事した男性労働者らの流出を防ぐため、今のススキノの一角に設けられた政府公認の遊郭の周りには置屋が増えた。鴨々堂は、5軒長屋の置屋のうちの1軒。戦後は住宅として使われていた。
札幌市で生まれ育った石川さんは専門学校で建築を学び、大手設計事務所に就職した。鉄筋コンクリートで造られるビルの設計などに関わり、耐久年数50年といわれる建物が解体される将来を想定しながら図面を引く日々に追われた。時はバブル全盛期の1990年代。「ゴミを造っているような感覚」に襲われた。
その後、メーカー企業へ転職し、住宅設備の営業を勤めた。だが、保証期間の枠の中だけで物の利用を考える仕事に疑問が生じた。会社の方針と自身の感覚とのずれに苦悩し2010年代初めに退職した。
修復や再利用ではなく、製造と廃棄を繰り返す社会を維持できるのか。そんな問題意識の下、学生のころから興味のあった古民家に携わろうと、日本建築の価値を評価する古民家鑑定士の資格を取得した。古民家の保存や活用を行うプロジェクトに関わるうち、50年後、100年後を見据えたまちづくりが必要であると考え、循環型社会への提言として古民家を活用しようと決めた。
古民家に使用される古材は、1~2年かけて自然乾燥させる。材になった後も木に含まれる成分が徐々に乾燥して強度が増し、メンテナンスを行うことで何百年も使い続けることができる。また、解体しても新しい建物の材として再利用したり、別の形にして活用することもできる。
だが戦後、人口が増加し、木材の需要が高まると、高温で短時間のうちに乾燥させる輸入材の使用が増えた。そのうち約9割を占める集成材は、のりを使用しているため徐々に強度が弱ってくる。
現在、札幌市内には住宅として利用されているものを含めて約2800棟の古民家が残っている。だが、道古民家再生協会の江崎幹夫理事長は「建物の価値が評価されないまま解体されてしまうことが多い。古民家を使いたい人、残したい人の選択肢を広げる必要がある」と話す。
12年冬、石川さんは1軒の空き家と出会った。取り壊される予定だったが、家主を説得。建物は修復され、「鴨々堂」として13年11月、新たな命が吹き込まれた。
鴨々堂に刻まれた花街ススキノの歴史を生かし、14年から「鴨々川ノスタルジア」という企画を開始。周辺の寺院と連携し、ススキノの発展に関わる建物を使用して日本古来の文化を経験するイベントには、徐々に注目が集まり、多くの人が足を運んだ。
だがこの間、梁(はり)同士の隙間(すきま)や床の傾きなど老朽化は更に進んだ。再び修復をすることも考えたが「いずれは壊さなければいけない。誰かに壊されるくらいなら、自分の手でしまいたい」と昨年12月に解体を決心した。
最後のイベント開催初日となった9月13日。鴨々堂に集まった8人の参加者に建物の歴史を話した後、急な階段を上り2階を紹介した。木組みの梁や霜のような模様が美しい結霜(けっそう)ガラスなど、細やかな建築様式について解説。札幌市北区の桜庭アキさん(80)は「札幌には60年以上住んでいるが、初めて聞く話ばかり」と満足そうだった。石川さんは、笑顔で参加者らを見送った。
10月上旬、石川さんが解体作業に取りかかると、鴨々堂に縁のある人たちがボランティアで手伝った。川向かいに30年以上前から住む80代の男性は「自分がここに住み始めた時からある家がなくなるのはさみしい。雪が降ると潰れるんじゃないかと心配したこともあったが、ここまで残したことは本当に立派」と別れを惜しんだ。
「ここまで地域の人が面白がってくれるとは思っていなかった。鴨々堂から自分たちの町の歴史を知り、魅力を発見してくれた」と石川さんも予想していなかった結果に驚いていた。
「何度も心が折れそうになったが、たくさんの人が手伝ってくれたおかげでやり遂げることができた」と、鴨々堂を通じた出会いに支えられ、3週間以上かけて重機を使わずに解体作業を終えた。
置屋、住居、市民の交流の場と役割を変えながら、大正から令和までススキノ発展の軌跡を見つめてきた鴨々堂。地域のシンボルとなった鴨々堂はもうない。だが、石川さんは「最後まで自分の手でやりきれたことに納得している。ただ、役目はまだ終わっていない」と次を見据える。
「古民家を活用させるには、技術と知識が必要」と強調し、取り壊し時に運び出された柱や梁などの古材は、道の駅「ハウスヤルビ奈井江」(奈井江町)で、鴨々堂を部分的に再現して年内にも展示される予定だ。古材を使用して木組みの建築技術を受け継ぎ、多くの人に古民家の存在を広く知ってもらうねらいがある。
「今の暮らしが身の丈に合っているか、過去の暮らしから学んでほしい」と、子ども、孫の世代まで持続可能な社会のあり方を問いかけている。