【井口麻里子】遺産1億2500万円を夫の兄弟に奪われた「内縁の妻」の無念 夫は何をすべきだったのか?

誰の身にも突然起こりうる「相続」の現場では、思いがけないトラブルが発生することもある。ここでは、長年連れ添ったある「夫婦」のケースを紹介しよう。二人で50年働いて築いた1億2500万円相当もの財産。しかし夫なきあと、妻のもとには1円も残らなかった。なぜそんなことが起きるのか? 夫は何をすべきだったのか?国内最大規模を誇り、相続税申告件数では国内No.1の辻・本郷税理士法人相続部に在籍し、相続・贈与・遺言などを専門にする税理士、井口麻里子氏が解説する。
親が亡くなった、長年連れ添った夫に先立たれた、そんな相続が起こった場合、意外と知られていない落とし穴があります。
それは「誰が相続財産をもらえるか?」についてです。

ずっと世話をしてきた人?一緒に暮らしてきた人?「情」で考えればそれが自然です。
ところが、「情」が通用しないのが、相続なのです。
亡くなった方が遺言を残していなかった場合、誰が相続財産をもらえるか?
それは、民「法」が「定」めた相続人、つまり法定相続人です。
法定相続人が遺産分割協議という話し合いをして、亡くなった方の財産を相続することとなります。
言い換えれば、法定相続人ではない人は、亡くなった方の財産をどうこうするという、話し合いの場に参加することすらできないのです。
2017年11月、東京に秋の気配が感じられ出したころ、東京都国分寺市に住む高野康夫(仮名)さんが亡くなりました。
高野康夫さんは、国分寺市で長年にわたり洋食店を営んできました。
誠実な人柄も手伝って、お店は繁盛店でした。おかげで、康夫さんは自宅以外にも賃貸マンションを二部屋所有するほど成功しました。
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康夫さんは地元の出身ではなく、30歳の頃、5つほど歳の離れた小柄な奥さんと一緒に国分寺で店を開きました。
奥さんは絵里子さんといい、小柄ながら働き者で、康夫さんの店を朝から晩まで手伝う姿が、近所の目にも好ましく映っていました。
二人はたちまち地元に溶け込み、地元商店会でも積極的に活動し、周囲の信頼を得てきました。
康夫さん夫婦は子供に恵まれず、またお店の跡取りがいなかったため、康夫さんが75歳のとき店を閉じ、その後は夫婦二人、静かに暮らしてきました。
2017年11月、82歳となっていた康夫さんは、特に大きな病気もせず、健康に日々を過ごしていたつもりでしたが、ある朝、台所で頭を抱え倒れこんだまま、病院へ運ばれ、そのまま帰らぬ人となってしまったのです。
突然の死に、絵里子さんは呆然とするばかりでした。
ところが、ここで意外な事実が発覚することとなったのです。

二人は、自宅の電気ガス水道などの費用を康夫さんの銀行口座から引き落としにしていたため、康夫さんの死によって口座が凍結され、引き落としができなくなりました。
そこで日常生活費に充てるため、その銀行口座を解約しようと絵里子さんは銀行へ出向きました。
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しかしその時、絵里子さんは「相続人ではない方が預金の解約はできません」と言われてしまったのです。
そう、実は康夫さんと絵里子さんは50年に渡り内縁関係だったのです。
内縁関係であっても法律上の夫婦と同等の扱いをする、例えば社会保険の扶養など、そういった部分が増えてきましたが、法律上は、戸籍を入れていないと配偶者にはなれないのであり、つまりは相続においても法定相続人になれないのです。
つらい言い方をしますと、全く無関係の人、という扱いなのです。
逆に言いますと、たとえ亡くなる一日前にでも婚姻届を出して法律上婚姻関係が生じれば、立派に配偶者であり、法定相続人になれるのです。
法律上の夫婦と内縁の夫婦との決定的な違いは、実は相続において出てくるのです。
それにしても、絵里子さんはショックで打ちのめされました。康夫さんが店を開業して以来、半世紀にもわたって付き合いのある銀行です。
絵里子さんのことも「奥さん、奥さん」と言って、行員はみな顔馴染みなのに……。行員の何人かは康夫さんの葬儀にも駆けつけてくれて、絵里子さんを励ましてくれたのに……。
康夫さんの戸籍謄本によれば、両親は既に他界し、配偶者はなし、子供なし、ということで、康夫さんの兄弟(兄と弟二人)三人が法定相続人ということになりました。
知らせを聞いて集まったのは、半世紀以上も康夫さんと生きてきて、絵里子さんが初めて見る康夫さんの兄弟でした。
康夫さんも絵里子さんも、若いころに故郷を出て、事情があって二人で寄り添うように生きてきて、実家とは没交渉だったのです。

康夫さんの兄弟三人は、早々に遺産分割協議を済ませ、康夫さんの自宅(時価4,000万円相当)、賃貸マンション二部屋(時価各2,000万円相当)を、全て売却してお金に換え、康夫さんの預貯金(4,500万円)と合わせて、1/3ずつ分けることで合意しました。
兄弟三人は、絵里子さんとは初めて会ったわけですから、何ら同情の念を抱くこともなく、速やかに自宅を出ていくことを要求しました。
二人で50年働いて築いた財産、時価1億2,500万円相当。
血が繋がっているというだけでなぜ持っていかれなければならなかったのか、絵里子さんは憤りを通り越して無力感の底に突き落とされました。
こうして絵里子さんは、兄弟三人に何を言うこともできず、夫婦二人で長年暮らし、大切な思い出の詰まった自宅を出ていくことになりました。
居住権を主張して兄弟三人と渡り合うような気力は、絵里子さんには残っていませんでした。
「定期的な収入があったら老後も安心だね」と言って、二人で探して購入した賃貸マンションも売却されてしまいました。
康夫さんの店を長年手伝ってきたため、絵里子さんにも多少の蓄えはあったものの、高齢を理由に、マンションを貸してくれるところなどありません。
仕方なく、自立型老人ホームを終の住処として入居することにしました。
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自宅を出て新たに集団生活を始めることとなった絵里子さんは、環境の激変についていけず、すっかり弱ってしまいました。
さて、康夫さんは、絵里子さんのために何をしておいてあげるべきだったのでしょうか?

たった一言でいい、遺言を書いておいてあげるべきだったのです。
「全財産を絵里子に遺贈する」と。
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もちろん法的要件を満たしている遺言でないと通用しませんので、一人ででささっと書くのではなく、専門家に相談するか、公正証書遺言を作成しておく方が余計な争いを未然に防げるでしょう。
そして、ここで重要なポイントです。
亡くなった方の相続人には、相続時に最低限の取り分を主張できる、「遺留分」という権利が認められています。
たとえ遺言で何が書いてあっても、相続人が求めれば、この遺留分までは相続人に渡すこととなります。
しかし、この遺留分が認められているのは、亡くなった方の配偶者や子、両親までであり、兄弟には、この「遺留分」が認められていないのです。配偶者や子、両親と比べ、亡くなった方との関係性が薄いためです。
ですから、康夫さんのこの一言さえあれば、相続人が兄弟のみのこのケースでは、全財産を絵里子さんに渡すことができたのです。
絵里子さんが住み慣れた自宅を追い出されることも、悲しい思いをすることもなかったのです。
もしくは、受取人を絵里子さんにした生命保険に入っておくべきでした。
生命保険金は、相続財産ではなく受取人固有の財産とされています。
ですから、受取人が絵里子さんである保険金については、康夫さんの兄弟三人にもっていかれる心配もなかったのです。
ただし、近年は保険金トラブルを防ぐため、一部例外を除き、保険金の受取人を配偶者と二親等以内の親族に限定している保険が一般的です。
また、生命保険金の場合は、あげられるのは現金のみなので、自宅などの不動産をあげるためには、やはり遺言を書いておいてあげるべきだった、と言えるでしょう。

もし、康夫さんが法的に有効な遺言を書いておいてくれて、全財産を絵里子さんが取得した場合はどうなっていたでしょう?
絵里子さんが全財産を取得した場合、当然ですが相続税がかかります。
その際、戸籍上の配偶者ではありませんので、「配偶者の税額軽減」という大きな特例が使えませんし、また親族でもありませんので自宅の敷地などについて大きな減額が受けられる「小規模宅地等の特例」も使えません。
むしろ、相続税が2割増しになる「2割加算」という制度の対象となり、相続税の負担は戸籍上の配偶者であった場合と比べ、大変大きなものになります。
ちなみに、この康夫さんのケースで、絵里子さんが戸籍上の配偶者であった場合、相続税の納税は0円ですが、内縁の妻の場合は、概算で700万円ほど納税が発生します。
それでも、時価1億2,500万円の財産を引き継ぎ、何よりも思い出の詰まった自宅で安心して老後を暮らせる幸せと、比べものになりませんよね。
また、たとえ財産が少額の場合でも、自分には何も残らず、全て見知らぬ相続人のところへいってしまったら、残された内縁の妻はその不条理に深く悲しむだろうことが想像できます。
長年連れ添って、そんな歳になって深く傷つけるなんて、本望ではありませんよね。
被相続人の「想い」があるなら、遺言を書かずに死んではなりません。そう申し上げておきましょう。
内縁のパートナー、未認知の子供、ご自身の孫など、相続人ではない人に財産をあげたい想いがある場合、遺言がなければ何もあげられません。
ぜひ、専門家に相談して遺言を書いておいて下さいね。