元ロッテの名捕手 醍醐猛夫さん死去 現役時代に4打席連続本塁打を記録

ロッテで4打席連続本塁打を放つなど活躍した醍醐猛夫(だいご・たけお)さんが11日午前0時42分、急性骨髄性白血病のために都内の病院で死去した。81歳だった。
東京都出身の醍醐さんは、早実で王貞治投手(現ソフトバンク球団会長)の2年先輩で、1956年夏の甲子園でバッテリーを組んだ。57年、毎日(現ロッテ)入りし、1年目から113試合に出場するなどいきなり正捕手に。10月3日の西鉄(現西武)戦では決勝タイムリーを放って当時のプロ野球記録の20連勝していた稲尾和久の記録をストップさせた。
2年目以降は打撃不振もあって控えに回り、60年大洋との日本シリーズは出番がなかった。64年に再び正捕手の座を奪い返し、65年から計4度オールスター戦に選出。70年にチーム10年ぶりのパ・リーグ優勝、71年7月の東映(現日本ハム)戦では当時、史上4人目の4打席連続本塁打をマーク。現役最終年の74年は、控えながら日本一の一員となった。
通算1775試合に出場し1132安打、81本塁打、472打点。打率は2割3分4厘だった。
現役引退後はロッテの2軍監督やバッテリーコーチ、ヘッドコーチなどを歴任。 勉強家で現場から離れた時期には心理学の学校に3年間通った。また、1999、2000年と2年間はパドレスの極東担当スカウトを務めた。