【川辺 謙一】京急踏切事故、鉄道運転士と技術者が語る「メディア報道への不信感」 憶測で語っても原因は見えてこない

今月5日、京急本線の神奈川新町駅近くの踏切で、トラックと列車が衝突する事故が発生した。この事故については、すでに各メディアが大きく報じているので、ご存知の方も多いだろう。
事故の詳細は、現在調査中だ。もちろん、トラックが踏切で停車したままになったことが主因であることは疑いないのだが、トラックがこの踏切を通ることになった理由や、列車と衝突するに至った原因などは、まだわかっていない。

とはいえ、電車と日々向き合っている人は、現時点でもこの事故や、事故原因についての報道に関して、いろいろと思うことがあるはずだ。そこで今回は、大手鉄道会社に所属する電車の運転士と、鉄道車両メーカーに所属する電車の設計技術者に、現時点での見解を聞いてみた。二人とも勤続年数20年以上のベテラン社員だ。
まず、この事故についてどう思うか聞いてみたところ、運転士は「鉄道会社としてあってはならないことだ」と断言した。トラックは、警報機が鳴る前から踏切に入っていたし、踏切の障害物を検知するセンサーがトラックを検知していたにもかかわらず、衝突事故が起きてしまったからだ。
なお、たまたま踏切を通りかかった京急社員が非常ボタンを押しているが、前述のセンサーの方がそれよりも早く異常を検知していた。
それを踏まえて、この運転士は「京急が、運転士の能力を過信していたのではないか」と指摘する。非常ブレーキを運転士の手動操作に任せていたこと自体は悪くないものの、踏切の異常を運転士に知らせる手段が、線路側で発光する信号機、つまり視覚によるものに限定されていたからだ。
そもそも電車の運転士は、運転中にいつも前方の一部だけを注視しているわけではないので、線路にある信号機の確認が遅れる場合がある。計器類の確認や、時刻表の確認、指差喚呼など、マニュアルに定められたさまざまな作業をこなす必要があるからだ。となれば、京急が他社のように、運転士の能力をカバーする自動ブレーキを導入していなかったことが今後問われる可能性がある。
一部メディアは、衝突した電車の運転士の運転歴が1年1ヵ月だったことを報じた。これついて、運転士は「短ければ未熟、長ければ加齢による衰えがあるかのようなイメージを植え付ける可能性がある」と言い、「事故原因が明確になっていない段階で報じるべきことではない」と指摘した。もちろん、運転士にはそれぞれ個人差があるが、みな一定以上の運転技能を持っている。運転歴だけで運転技能が把握できるかのように報じるのは、慎むべきであろう。
次に、事故現場の写真からわかる被害の状況について聞いてみたところ、運転士は「衝突直前の速度はまだ調査中なのでわからない」と断った上で、「ただ、想像される速度のわりには被害が小さかったのではないか」と答えた。
一方、設計技術者は、トラック運転手1人が死亡、運転士と乗客あわせて35人が軽傷を負ったことに着目し、「被害は小さいとは言えない」と答えた。今回のトラックは、大きいわりに壁が薄い箱状の荷室を積んだ構造になっており、衝突する電車が受けるダメージが小さかったはずだからだ。それゆえ、この設計技術者は「今回衝突した電車は、衝撃を吸収する構造を採用していたのか」と疑う。
また、一部メディアは、「先頭車が重く重心が低い電動車(モーターがある車両)だったから、被害が小さく済んだ」と報じた。ある京急の役員は、電動車を先頭車にすることが衝突安全上有利であることを記事にまとめ、鉄道趣味誌に投稿したこともある。

しかしこれについて、設計技術者は「取ってつけたような理由に過ぎない」と答えた。先述の京急役員による記事を見せたところ、「定量的な考察がない」と、その内容の信憑性を疑っていた。
たしかに、鉄道総合技術研究所のような研究機関が、電動車と付随車(モーターがない車両)をそれぞれ先頭車としたときの衝突実験(シミュレーションもふくむ)を同一条件で実施し、その結果を公平に分析して導き出したとなれば説得力があるが、一鉄道事業者に過ぎない京急の役員が、実験もせずに、過去の事故事例だけでそう主張するのは無理がある。
少し専門的になるが、この設計技術者によれば、先頭車を電動車にする利点は、列車の先端や、列車の長さを信号電流で検知しやすいことだという。接地装置(車軸の両端に電気を流しやすくする)がある電動台車の位置が列車の先端や最後尾に近くなるからだ。
また、車両の重心値は、設計時に算出し、完成後も測定する。そのおもな使用目的は曲線通過と横風転覆を考慮することであり、踏切障害による転覆を防ぐために重心を考慮することはないそうだ。
ここまでの発言でもわかるように、二人とも、メディアの報道に対して不信感を抱いているようだ。
運転士は、「まだ解明されていない事故原因よりも、もっと報じるべき情報があったのではないか」と言い、「東京・横浜間や、羽田空港・横浜間のように、今回の事故によって輸送が途切れてしまった区間の代替ルートを繰り返し報じるだけでも、受け手に有益な情報を提供できたのではないか」と指摘する。
また設計技術者は、「鉄道の実務経験がない専門家がテレビに出演して、電車の構造などについてあれこれ憶測で語っても、正確な事故原因は見えてこないし、あらぬ誤解を招く恐れもある」と述べた。

たとえば、2005年にJR福知山線で脱線事故が発生したときは、テレビ番組で一部の専門家が「(軽量化した)ボルスタレス台車に問題がある」と、あたかも電車の構造が事故原因であるかのような誤解を招く発言をしたことがあった。
もちろん、電車は定められた安全基準をクリアするように設計・製造されているので、この指摘は正しくない。ところが残念ながら、その後も同様のことがメディアで繰り返されている。
いずれにしても、この事故の調査が円滑に進み、同様の踏切事故が少しでも減ることを期待したい。