日本が、気候の穏やかな「四季の国」だったのは遠い昔のこと。連日の猛暑に集中豪雨と、天気はいまや命を脅かす凶器へと変わってしまった。そしてこの先には、もっと恐ろしい事態が待ち受けている。発売中の『週刊現代』が特集する。
怒濤のように押し寄せた水が自動車に激突して激しく揺さぶり、重りのついたバス停があっけなく押し流されていく。
排水溝から溢れた濁流の水圧でマンホールの蓋は吹っ飛び、噴水のように泥水が吹き上がる。水が引いた後、残されたのは陥没してボコボコになった道路だった―。
9月3日、横浜市を局地的に襲った激しい雨は、集中豪雨の恐ろしさを首都圏の人間にまざまざと見せつけた。同市金沢区では1時間あたり73mmの降水量を記録。天地がひっくり返ったかのような大雨に見舞われ、瞬時にして都市機能はマヒしてしまった。
「シビア・ウェザー」
かつてとは明らかに違う、この異常な天候状態のことを、こう呼ぶ。
災害危機管理アドバイザーの和田隆昌氏が解説する。
「世界中で、極端としか言いようがない気候、気象状態が頻発しています。これを『過酷な天候』、つまりシビア・ウェザーと言います。いまや日本も、その脅威に直面しているのです。シビア・ウェザーにより、災害の激甚化が危惧されています」
気象庁のデータによると、1時間あたりの降水量が80mm以上に達した大雨の発生回数が、ここ10年間では1年に平均23回も発生している。これを1976年から1985年までの年平均14回と比べると、約1.6倍になっているという。
つまり、横浜を襲った豪雨以上の災害発生件数が、近年になって大幅に増加しているのだ。
この傾向は世界を見回しても同じで、9月初旬にカリブ海では「史上最強クラス」のハリケーン、「ドリアン」が猛威を振るい、バハマでは国土の70%が浸水して壊滅的な被害を受けた。
カリブ周辺ではハリケーンの勢力が年々凶悪化し、そのたびに米国トランプ大統領らが「非常事態宣言」を発令することが、日常茶飯事と化している。
大げさではなく、まさに地球が、壊れかけているのである。
日本に目を戻せば、夏が終わり秋に差し掛かったこの時期以後も、次々と台風が押し寄せ、「シビア・ウェザー」が収まる気配はない。日本経済新聞編集委員で気象予報士の安藤淳氏が警告する。
「今シーズンは初めのうち台風が少なかったが、これから次々に襲来する可能性があります。いま危惧されるのは、台風が勢力を保ったまま日本にゆっくり近づき、前線を刺激して各地で延々と集中豪雨をもたらすような状況になることです。
大雨が降った後に一時おさまって、また大雨、という最悪のパターンが続く恐れがあります」
秋の台風は進行速度が速く、日本上空をすぐに通り過ぎる傾向がある。しかし、今年は太平洋高気圧が日本付近に張り出した夏型に近い気圧配置が続くため、台風の速度が上がらず、ノロノロと進みながら同じ場所に豪雨を降らせる可能性が高いというのだ。
「暖かく湿った空気が高気圧の縁に沿って日本に吹き込むため、雲が発達しやすくなり、1時間に100mmというような信じられない雨が降ることも想定されます。
豪雨災害は西日本に多いイメージもありますが、最近は関東から北海道まで、どこで大雨が降ってもおかしくない状況です。
東京、名古屋など都市圏は海面より低い土地が多いので、浸水被害に厳重な注意が必要です。一時的な雨なら排水ポンプなどで何とかなっても、何時間も降り続くと排水能力の限界を超えて洪水になる恐れがあります」(前出・安藤氏)
263名もの犠牲者を出した昨年7月の豪雨では、高知県馬路村で10日間に1852mmという降水量を記録した。これは同地域における7月平均降水量の、なんと3倍にも達する数字だった。
現在の「シビア・ウェザー」は、過去の経験則では測れない常識外れの災害を引き起こす。
前出の和田氏もこう語る。
「首都圏は水害対策が進んでいますが、それでも想定を超えたゲリラ豪雨や巨大台風の場合、対応が間に合わずにビルの地下等で被害が出る可能性は否定できません。実際、’99年に新宿区で浸水による溺死被害が発生しています。
一方、地方自治体では水害対策が進んでいないところも多い。危険度は、堤防や水利の工事がどれほど進んでいるかなどにも左右されます。
土砂災害は同じような場所で起きる傾向があり、近くに崩れやすい山や氾濫しやすい河川があるならば、空振りになったとしても早めに避難するよう心掛ける必要があります」
さらに、豪雨災害だけではない。すべてが「苛酷化」していくシビア・ウェザーでは、他にも注意をしなければいけない災害がある。そのひとつが「雷」だ。
雷に関する気象情報を専門に扱う、気象情報会社フランクリン・ジャパン所属の気象予報士・今村益子氏がこう語る。
「我々の観測では、最近になって雷雲の発達のスピードが非常に速くなっていると感じています。予測を超えた速さで気づく間もなく雲がどんどん発達して、突然、雷に襲われることもあり得る。
雷に直撃された場合、即座に心肺蘇生を施さなければ死亡率は90%を超えます。グラウンドやゴルフ場など周囲に何もないところにいる場合、雷の標的となり、非常に危険です。また樹木の傍も『側撃』といって、木に落ちた雷が人体へ飛び移る現象が起きやすい」
一方、車の中は電流が金属製の外側を流れるために比較的安全という。
「電線の下も、電線が避雷針代わりになるため避難場所になり得る」(今村氏)ことも、覚えておくといざという時、役に立つかもしれない。
荒れ狂う気象災害として、他に「竜巻」の脅威にも警戒しなければならない。地球物理学者の島村英紀氏が警告する。
「異常気象には地球温暖化が大きく影響していますが、亜熱帯となった日本では以前に比べて竜巻が起きやすくなっている。その発生数は今後ますます増加していく傾向にあり、9月から11月にかけて注意が必要です」
ここまで見てきたように、日本を襲うシビア・ウェザーの多くは「気温」が影響している。初夏は冷夏と言われたのに真夏は猛暑、秋になっても猛暑……。前出の島村氏は「日本は四季を失ってしまった」と語る。
「地球温暖化により、サハラ砂漠のような元々雨が降らない場所にはますます雨が降らなくなり、一方で日本のように雨が多い場所では、いっそう雨量が増えていく。
このように両極端になるのが現在の気候の特徴です。今年も9月以降、夏の暑さがそのまま持ち越される恐れが十分あります」
まさかと思われた秋の猛暑と大熱波、そんな可能性もこれからは捨てきれないということだ。
常識では測れなくなった異常気象に、我々はどう対処するべきなのか。前出・和田氏が言う。
「一番大切なことはテレビ、ラジオ、インターネットといった複数のメディアから情報をとる努力をすることです。最近の気象情報はかなり正確になっています。自分のいる地域にどのような危険が迫っているか確認することが最も重要です。
豪雨などの災害で命を落とす人は同じ土地に長い間住んでいて、自分は大丈夫だと思っていた人が多い。過去の経験は邪魔になる―。それを肝に銘じて備えるべきです」
「前は大丈夫だった」「今度もなんとかなる」、これらはもはや禁句だ。シビア・ウェザーの脅威の前では、過去の経験則に囚われた者から淘汰されてしまうのである。
発売中の『週刊現代』では、このほかにも近年増え続ける竜巻による被害などにもふれながら「知れば知るほど怖くなる 異常気象」について特集している。
「週刊現代」2019年9月14・21日合併号より