12日に高松高裁であったビキニ水爆実験を巡る国家賠償請求訴訟の控訴審判決は、1審に続いて原告敗訴となった。原告は「不当判決だ」と怒りの声を上げた。【松原由佳、潟見雄大、喜田奈那】
この日、傍聴席には今月5日に死去した原告団代表、増本和馬さん(83)の遺影を抱えた長男克史さん(53)と妻美保さん(78)の姿があった。「長い間苦しめられ、それぞれの人生を犠牲にしてきた結果が報われないことは腹立たしい」。昨年7月の1審判決で請求が棄却されたことに怒りと悲しみをあらわにしていた増本さんは、亡くなる直前まで元船員としてただ一人出廷を続けた。美保さんは判決後の記者会見で、「本当に悔しい。写真は笑っているが、内心はかなり怒っていると思う」とうつむき加減に話した。
1審から原告代理人を務めた梶原守光弁護士は控訴審判決について「人権の砦(とりで)である裁判所が人権を守れなかった。国民と裁判所との間に認識の乖離(かいり)がある」と語気を強めた。
元船員らを救済しようとする取り組みは、1985年、平和学習などに自主的に取り組む「幡多高校生ゼミナール(幡多ゼミ)」が実態解明に乗り出したことがきっかけとなった。高校生が聞き取り調査を進める一方で、大人たちも県ビキニ水爆実験被災調査団を結成。調査団は太平洋核被災支援センター(高知県宿毛市)に改組し、健康調査や情報の開示請求などを続けてきた。
調査開始から34年、今なお立ちはだかる救済への大きな壁に、事務局長の山下正寿さん(74)は「(行政の隠匿行為を)見抜くのが司法の役割なのに、目をつむっている。残念だ。ビキニ事件は今も続いている」と苦しそうに語った。