証券業界の売買手数料無料化の流れが加速している。米証券大手のチャールズ・シュワブは10月1日に手数料撤廃を発表。国内でもSBIホールディングスは10月30日の決算発表にて、傘下の証券会社の取引手数料を今後3年でゼロにする構想を打ち出した。
その後、auカブコム証券とマネックス証券が信用取引の手数料無料化を発表。これを皮切りに、各社は連日のように手数料無料化施策を発表している。なぜ今なのか。そして、手数料が無料になって、証券会社はどうやって利益を上げるのか。
ファーストペンギンに付いていくと生き残れない
「ファーストペンギンが飛び込んでいったが、ついて行ったら、そのままでは生き残れないだろう」
横に倣えで手数料無料化を進める各社に対し、こう警鐘を鳴らすのは、日本資産運用基盤グループの大原啓一社長だ。大原氏は、日英でアセットマネジメント事業に長く携わり、マネックス・セゾン・バンガード投資顧問を創業後、現在は金融機関向けにプラットフォームを提供する事業をスタートさせている。
証券会社が行う委託売買業務、いわゆるブローカレッジ業務の無料化の兆しは、しばらく前からあったと大原氏は話す。「2000年前後にオンライン証券会社が出てきたときに、ブローカレッジ無料化は運命づけられていた。”中継ぎ”業務には付加価値がないということは、業界の誰もが知っていた」
にも関わらず、20年後の今、なぜ無料化が進行しているのか。その理由は「もう株式売買手数料に頼らなくてもビジネスが作れるようになったからだ」と大原氏は見る。
例えば、米チャールズ・シュワブは、現在アセットマネジメント事業も銀行事業も持っている。収益の半分以上は銀行金利収入だ。SBIホールディングスも、証券事業からの収益が3割程度。ブローカレッジ業務からはさらにその3割だ。
ブローカレッジを無料化することで、アセットマネジメント事業やアドバイザリー事業、保険事業などに誘導できるビジネスモデルを構築できているところが、満を持して手数料無料化に乗り出した。
逆に、ブローカレッジ事業に収益を依存しているところは厳しい。「無料にする必要はないのではないか。SBIに追随すると相当きついだろう」。これが、大原氏がファーストペンギンに付いていくと厳しいと話す背景だ。
売買手数料に続いてアセットマネジメントコストも無料へ
無料化の流れは売買手数料にとどまらない。次に無料化の波がやってくるのが、投資信託やロボアドバイザーなど、顧客から預かった資産を運用するアセットマネジメント事業だ。
「ブローカレッジは20年かかって利潤が消えつつあるが、アセットマネジメントはもっと早いのではないか」(大原氏)
投資信託などは、顧客に代わり資産を運用する対価として、信託報酬などの形で預かり資産の0.1~1%程度を受け取る。国内のロボアドバイザーサービスでも、預かり資産の1%程度を受け取る形が多い。
ところが、米フィデリティ・インベストメンツは18年に信託報酬が無料のインデックスファンドを提供。高い注目を集めた。こうしたゼロコストの流れは他社にも波及。米国では信託報酬ゼロのETFなども登場し始めている。
「日本でも、アセットマネジメントサービスが氾濫していて、付加価値が見えにくくなっている。プロダクトに対する価格低化圧力は強い」と大原氏は指摘する。
ただしサービスの付加価値が低下しているからコストがゼロになるのではなく、ブローカレッジと同様に、無料にしても成り立つ準備が整っているからこそゼロが実現するというのが、大原氏の見立てだ。
「フィデリティがなぜゼロにできたかというと、同社のファンドプラットフォームへの参加を促すためだ。ファンドのユーザー数を増やせば、プラットフォームを使いたいという運用会社が増えていく」
証券業界に残る最後の利潤の源、金融アドバイス
次々と手数料の無料化が進む中、では証券業界はどこで利潤を得られるのか。ポイントは、「ここでしかない」という唯一性だ。
公開株式の売買やポートフォリオ組成などは、いわばプロセス自体がコモディティ化している。一方で、非公開資産の取引、例えば不動産やプライベートエクイティ(PE、未上場株式)など、取り扱える人が限られる商品については、ブローカレッジでも付加価値が付けられる。同様に、「ここでしかない」ものになり得ると大原氏が見込むのが金融アドバイスだ。
フィデリティ投信のデレック・ヤング社長は、「手助けやアドバイスを個人投資家は求めており、それに対しては対価を払っても構わないという人が増えている。適正で有用なサービスを提供すことに対価を支払うトレンドに変わってきている」と、12月10日にメディア向け説明会で話した。フィデリティ証券は投資信託の購入手数料を無料化しており、またオンライン証券最大手の米フィデリティ・イベントメンツも10月10日に手数料撤廃を発表している。
「対面での金融アドバイスのどこに付加価値があるのか。(米大手投資信託の)バンガードはコーチングだと言っている。逆に、アセットアロケーションの付加価値はほぼゼロだ。コストは預け入れ資産の2~3%だが、税金面などのアドバイスも行う」(大原氏)
米国では、個人向け投資顧問業(RIA)が増加しており、日本でも独立系金融アドバイザー(IFA)の人気が高まっている。ネット証券の台頭で、オンラインでの売買は容易になったが、お金全体に対する相談をしたいというニーズが逆に増えているからだ。
一方で、「アドバイスギャップ」と呼ばれる課題も出てきている。これは、資産額が大きい人はRIAなどの専門家から、投資だけでなく税金、相続、家族まで金銭がらみのアドバイスを受けられるが、資産規模の小さい若年層は、支払えるアドバイス報酬が相対的に小さいため、十分なアドバイスを受けられないという問題だ。
「若年層は、悩みが比較的シンプルなので、アドバイスもロボアドバイザーなどのアルゴリズムによるものが中心になる。ただし本当は、若年層も含めて人がサポートするほうがいい。人を介在した総合的なサービスは有益だ」(大原氏)
生き残れる証券会社は数社か?
証券業界は今、もうからない業界への道を進んでいる。「米国のように、利潤の下落に耐え得るサイズの企業が多ければ大丈夫だが、新しい収益の柱となる分野がないのに手数料ゼロ化が進むと、単にもうからなくなっていく」と大原氏。
消費者にとっても、証券会社の利益が失われていくことで、サービスの向上に歯止めがかかったり、取り得る選択肢がなくなっていくことは長期的に見るとデメリットだ。401kやiDeCo、NISAなどの優遇税制制度も、証券会社から見ると対応にコストがかかる割には利益につながりにくい。「新しく検討されているNISAの制度も、証券会社が疲弊すると、いい制度を作っても対応してこなくなるかもしれない」(大原氏)
そんな中、証券業界でも「何をやらないか」が必要な戦略になっていくと大原氏。例えば、証券会社の中でも、アドバイス業務を中心にIFA化するところもあるし、そうしたIFAにブローカレッジのプラットフォームを提供するところも出てくる。
「自助による資産形成・運用の必要性が高まる中、アドバイスサービスビジネスの成長可能性は大きく、事業構造改革を成し遂げられた金融機関にはチャンスがある」(大原氏)