1杯750円の“レトロ喫茶” 但馬屋珈琲店が売り上げV字回復できたわけ

新宿西口付近に位置する「思い出横丁」。終戦直後の闇市をルーツに、今ではインバウンドの人気も集める東京屈指の“飲み屋街”に成長した。この横丁にある、ただ1つの喫茶店「但馬屋珈琲店 本店」は、1964年創業の老舗純喫茶、いわゆる「レトロ喫茶」だ。もともと婦人洋品店を運営していたが、駅前に百貨店ができたことでお客を奪われ、喫茶店にくら替えしたのだという。

系列店を含めて最大で7店舗を展開していた但馬屋珈琲店だが、数年前に2店舗を閉店するなど、売り上げが急降下した。但馬屋珈琲店だけでなく、喫茶店業界全体へは逆風が強く吹いている。東京商工リサーチ(東京都千代田区)の調査によると、2019年の喫茶店倒産件数は過去最多ペースだ。1~8月の期間で42件が倒産している。

「レトロ喫茶」というと、いい意味で時代に迎合せず、“我”を貫くイメージがある。チェーン店では「効率化」の下で切り捨てられるような一種「ムダ」ともいえる要素も多くなりがちだ。「安さ」を追求することが難しい業態であるといえる。そんな中でも但馬屋珈琲店は売り上げをV字回復。以降も着実に成長を続けているという。

最近ではコーヒーを飲むだけであれば、コンビニで格安に手に入る。増税があり消費者の目も厳しくなる中、ブレンドコーヒーが1杯750円(税込)の但馬屋珈琲店は、どのようにしてV字回復を成し遂げたのだろうか。但馬屋珈琲店を運営するイナバ商事(

東京都新宿区)へ15年に入社し、さまざまな戦略を手掛ける倉田光敏氏に話を聞いた。

戦略担当者は元プロ格闘技選手
倉田氏は異色な経歴の持ち主だ。前職は食品関連企業で営業職をしていたが、キックボクシングのプロ選手としての活動経歴もある。イナバ商事の社長でもある父の誘いを受けて15年に入社したというが、「サラリーマンをやっていたときの方が全然楽」と話す。

転職した当初のことを聞くと「お店の運営に口出しをしていなかった」という。いい意味で自由な店舗運営だったが、売り上げ急減を受けて「改革」に乗り出す。

取り組んだものの1つが、POSデータの管理だ。「データを通してトライアンドエラーを繰り返せたのが大きい」と倉田氏は話す。但馬屋珈琲店が店舗を展開するのは、新宿と吉祥寺。エリアによってお客の特性が違うのはもちろん、同じ新宿エリアでも各店で傾向が分かれるのだという。

例えば、新宿エリアの中でも小田急百貨店内に構える店舗は6割ほどが女性客だ。こちらは落ち着いた時間を楽しむお客が多い。一方、雑居ビルに入居している店舗では、ランチタイム需要が高く、働き盛りの層が利用することが多いという。

但馬屋珈琲店はもともと50代の時間もお金にもゆとりがある層をイメージした店舗だというが「企業もお店も環境に適応していかないと死んでいくだけ。メニューや接客も客層に合わせていくべき」と倉田氏は話す。

他にも、土日祝日の朝や前日夜の売り上げがよくない店舗では営業時間を短縮するなど、レトロ喫茶ながらもデータドリブンな経営をしている。

「小さな感動」を大事に
お客に合わせた店づくりを行う背景には、「もともとコーヒーが特別好きなわけではない」という倉田氏の性格も関係している。「周りに聞いてみても、『コーヒーが好きで喫茶店に行く』という人は2割くらい。残りの人は、お店で過ごす時間だったり経験だったりを楽しみに来ていると思う」と分析する。

だからこそ、店舗によって異なる客層に店を適応させ、よりよい体験を与えるために日々改良を続ける。ビジネスパーソンのランチタイム需要が高い南口店では、昼限定のメニューを展開。他にも、若い家族連れが多いエリアの吉祥寺店では、マタニティーマークを付けた人にはカフェインレスのコーヒーを安く提供したり、子どもも楽しめるようお絵描きノートを出したりしている。また、新宿本店ではお客の一人一人に合わせたカップを選んで提供しており、細かいところへのこだわりも大事にする。

「飲食店が『おいしい』のは当たり前。但馬屋珈琲店では差別化要素として『小さな感動』を大切にしている」と倉田氏は話す。他にも、多くの店では植物性のものを使うコーヒー用のミルクには、より味わい深い動物性のものを使ったり、砂糖も1種類ではなく複数種類を用意したり、コーヒーの豆には最高級品質のものを使用したり――。枚挙にいとまがないが、倉田氏は「こだわりについてはわざわざこちらから言うことでもない」と笑う。「当店のブレンドコーヒーは1杯750円。常に『750円以上の価値を提供できているか』と考えながらサービスを提供している」

コーヒー豆の卸売りも開始
倉田氏は、POSデータの活用だけでなくコーヒー豆の卸売りも始めた。きっかけは、新宿にあった2店舗が閉店したことだ。「飲食店は来客数などで波がある。波に左右されないようなビジネスモデルを作りたいと思った」と話す倉田氏。食品メーカー時代の経験を生かし、基本的には1人で営業活動を行っているという。

卸売りは、店舗の認知度拡大という狙いもある。百貨店などに焙煎した豆を卸すことで、もともと但馬屋珈琲店が狙っていたような比較的生活に余裕のある層の取り込みを図っている。卸売りを始めてからは、その商品を見て店舗を知った人の来店も徐々に増えており、来客数と客単価ともに改善しているという。

不況に手をこまねくのではなく、さまざまな改革を日々続ける倉田氏。今後についてはどんな展望を抱いているのだろうか。倉田氏は「国内市場を見ると、人口が減ることで当然胃袋も減っていく。認知度を高めるのも重視しているが、商品の海外輸出もやってみたい」と話した。「いつかは豆の生産から抽出まで、ワンストップで手掛けられるようにコーヒー農園も作ってみたい」と、まだまだ但馬屋珈琲店の進化は続くようだ。