近年、注目を集めている金融商品取引所への上場方法が「直接上場」という手法だ。世界的に一般的な手法である「IPO」と比較すると、直接上場は新株の発行(資金調達)を伴わない点で違いがある。直近では、音楽ストリーミングサービスのSpotifyやビジネスチャットアプリのSlackが、海外で直接上場を選択したことから話題だ。
12月11日に上場した「マクアケ」は、IPOで98万株の新株を公募し、およそ15億円を市場から調達する。しかし、資金調達の方法が多様化した今日においては、IPOによる新株の発行を必要としない非上場企業が、直接上場を選択する動きが足元で活発になっている。
直接上場にはどのようなメリットがあるのだろうか。
直接上場は企業価値が効率的に評価される
上場を目指す企業が直接上場を活用するメリットは主に3つだ。それは、企業価値評価が市場に委ねられること、株式の希薄化防止、そして上場にかかるコストの削減だ。今回は、ちまたであまり触れられない「企業価値評価が市場に委ねられる」という点を検討してみよう。
直接上場の場合は「公募価格」が存在しない。IPOでは、公募価格が低ければ、どんなに初値が高くても新株は公募価格で個人投資家に配分され、その差額は個人投資家のキャピタルゲインとなる。
上場企業の株価は、理論で導き出せる定量要因以上に、投資家の期待や市場環境といった定性要因が左右する。高い不確実性のもとでは公募割れのリスクが高く、引受証券会社としては高い公募価格を付けにくい。リテール顧客がIPOで損失を被ってしまうと、IPOに対する個人投資家の信頼が失墜してしまい、公募株式の受け皿が失われてしまうからだ。
そのような事情もあり、一般的にIPOを実施した企業の株価は、公募価格を超える可能性が高い。2019年は12月11日時点で71銘柄がIPOを実施したが、初値が公募割れとなったのはわずか10銘柄にとどまる。この事実を裏返すと、実に86%以上の会社で、同じ公募株数でもっと多くの資金が調達できたということ。資金調達の点では、非効率であったとみることができるだろう。
直接上場では、公募価格の代わりに「参考価格」を用いる。これは直近の資金調達例などから初値の参考となる価格だ。公募価格と違って、上場企業や個人投資家にとって中立な指標だ。仮に初値が参考価格と異なっても、参考価格は、「公募株式に対する公募価格」といったコミットがないため、上場企業と個人投資家の利害が対立しない。
19年6月にNYSE(米ニューヨーク証券取引所)に直接上場したSlackは、参考価格を50%上回る38.5ドルで寄り付き、約2兆円の時価総額となった。これが仮にIPOで10%の新株の公募を実施していた場合、公募価格は参考価格と同程度の1.4兆円程度で見積もられたと考えられる。単純計算で1400億円程度しか調達できなかったことになるだろう。
上場したマクアケも、公募価格1550円に対する初値は2710円だった。公募株式による資金調達は98万株、15億円程度にとどまった。しかし初値ベースで考えると、27億円相当の株をたった15億円で放出したとみることもできる。
ここまで考えると、資金が潤沢な企業にとって、IPOは必須の選択とはいえないだろう。また資金がそれほど潤沢でない企業でも、直接上場によっていったんは市場のバリュエーションを確認し、そのバリュエーションを元に株式の公募(PO)を行った方が効率的ではないだろうか。IPOの引受手数料の相場は7%程度だが、一般的な上場株式の公募(PO)例から考えると、その手数料はIPOの半分程度に抑えられるはずだ。
ウォンテッドリーは直接上場すべきだった?
すでにIPOをした中にも、直接上場をした方が幸せだったのではないかと考えられる企業も散見される。例えばウォンテッドリーだ。ウォンテッドリーは17年9月にIPOを実施した、ビジネスSNSを提供するベンチャー企業だ。
当時のIPOに際し提出された「株式売出目論見書」の奇特さから、同社は上場前から市場参加者の注目を集めた。同社はIPOで調達した資金の資金使途を下記のようにつづったのである。
上記の手取概算額39000千円については、事業及び人員拡大に伴い平成30年8月期に実施する本社オフィス増床時の内装費の一部に充当する予定であります。(ウォンテッドリー株式会社 株式売出届出目論見書より抜粋)
上記の内容を一言でいえば、「IPOで調達する予定の3900万円は、オフィスの壁や床などを整備するために使う」というものだ。同社の想定時価総額は40億円程度(当時)で、調達額は時価総額の1%未満。ごく少額の資金調達であった。さらに、同社における当時の現金等残高は4億3653万円もあったため、内装のためのお金は調達しなくても手元にあったのだ。そこで、「内装費」という表現には何らかの”含み”があるという見方が強かった。
カギとなるのがウォンテッドリーの株主構成だ。同社の株主構成を上場当時と現在で比較すると、上場時に名を連ねていたエンジェル投資家の木村新司氏(持ち株比率3.26%、ストックオプション2.81%)や、日本経済新聞社(持ち株比率1.17%)が大株主から外れている。一方で、社長の仲氏の持ち株比率は68.98%から71.0%まで増加している。
ここから考えられるのは、ウォンテッドリーの上場を推し進めたのは仲暁子社長ではなく、外部の投資家であった可能性が高いということだ。IPOは新株の発行が必要となる。そのため、「内装費」という資金使途は、会社としては不本意な上場であったことを暗にアピールする狙いがあったのかもしれない。
仮に不本意な上場であったとすれば、直接上場を選択していた方が、金融機関にかかる手数料を圧縮でき、議決権の散逸も最小限度に抑えられたのではないかと考えられる。
マザーズ市場への導入には規則改正が必要
真意は測りかねるものの、たとえマクアケやウォンテッドリーのような新興企業がIPOを望んでいなかったとしても、IPOに頼らざるを得ないのが現状だ。日本取引所グループの規則によれば、マザーズ市場に株式を上場させるには、最低でも500株の公募を義務付ける規定がある。つまり、マザーズ市場では、現時点で直接上場という手法を取り得ない(なお東証1部といった、いわゆる本則市場では新株の公募が義務付けられていないため、直接上場は今の規制でも可能だ)。
スタートアップの資金調達方法が多様化するにつれて株主構成は複雑化する。複雑な株主構成は上場フェーズにおける既存株主とのトラブル増加を招くだろう。そのような状況下では、コストもかかり、必要ない資金調達で既存株主の持株が希薄化してしまうIPOよりも、船から降りたい人だけ低コストで降ろせる直接上場の環境整備が求められてくるのではないだろうか。
筆者プロフィール:古田拓也 オコスモ代表/1級FP技能士
中央大学法学部卒業後、Finatextに入社し、グループ証券会社スマートプラスの設立やアプリケーションの企画開発を行った。現在はFinatextのサービスディレクターとして勤務し、法人向けのサービス企画を行う傍ら、オコスモの代表としてメディア記事の執筆・監修を手掛けている。
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