44歳の長男を刺殺したとして殺人罪に問われた元農林水産事務次官、熊沢英昭被告(76)の裁判員裁判。公判の争点は、量刑だった。弁護側は執行猶予付きの判決を求めたが、裁判員らは熊沢被告と長男の英一郎さんとの生活状況を丁寧に検討。事件の背景に理解を示しつつも、実刑が相当と判断し、懲役6年(求刑懲役8年)を言い渡した。
大学進学と同時に一人暮らしを始めた英一郎さんについて、熊沢被告は月に1回程度、主治医に英一郎さんの状況を伝えていたほか、英一郎さんの部屋に処方薬を届け、英一郎さんが苦手なごみの片付けの世話もしていた。判決もこうした熊沢被告の行動については「適度な距離感を保ちつつ、安定した関係を築く努力をした」と評価した。
さらに、同居することになった英一郎さんから暴力を受けたことで「被害者への対応に不安を感じる状況が意思決定の背景にあることは否定できない」とし、こうした点は「相応に斟酌(しんしゃく)すべきだ」とした。
しかし、判決は、遺体の傷の多さや深さから殺意の強さを認定。主治医や警察に相談するなど現実的な対処方法があったのに、外部に相談せず、同居から約1週間で殺害を決意したことも「短絡的な面がある」と非難。実刑判決に導いた。
閉廷後、裁判員を務めた30代の女性会社員は「発達障害や認知症を抱える家族は多くいる。家庭内だけにとどめずオープンにできる社会になっていくべきだと思った」。50代の男性会社役員は「お金があれば幸せということでもない。自分の家族にとっての幸せとは何か、もう一度考え直す機会になった」と話した。
■中高年引きこもり61万人、まず相談を
熊沢被告のように、中高年の子供による引きこもりや暴力といった家庭内の問題で悩みを抱え込む親は少なくない。80代の親が50代の引きこもりの子供を養えなくなって共に生活に困窮する「8050問題」が深刻さを増す中、事件は注目を集めた。
内閣府は、40~64歳の中高年で、家族以外とほぼ交流せずに半年以上、自宅に引きこもる人は全国で61万3000人に上るとの推計を3月に公表。きっかけは「退職」が最も多く、次いで「人間関係」「病気」となった。
熊沢被告の長男は発達障害の診断があり、職場の人間関係などを理由に退職。平成20年ごろから自宅に引きこもり、ゲームなどをして過ごしていたとされる。
引きこもりに詳しい専門職らでつくる一般社団法人「OSDよりそいネットワーク」(東京)の馬場佳子代表理事によると、今回の事件や、川崎市で引きこもり状態だった男が児童ら20人を殺傷した事件の発生後、同法人への相談が急増。問題を抱える親や兄弟姉妹からで、これまで相談したことのなかった人も多いという。
馬場さんは「責任感や世間体から悩みを言い出せない人もいるが、家族が思いつめれば当事者も閉塞(へいそく)感を感じ、悪循環に陥る」と指摘。「同じ問題を持つ人はたくさんいる。まずは家族会や信頼できる専門機関に相談して気持ちを楽にし、将来の生活設計に向けた正しい情報を得てほしい」と呼びかける。
同法人の相談窓口は<a href=”mailto:info@osdyorisoi.jp
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