セクハラに始まりパワハラ、マタハラ、さらにはパタハラと職場で起こりうるハラスメントは多岐にわたる。これらのハラスメントで難しいのが、「アウト」となる境界線だ。言動は人それぞれによって受け止め方が異なるため、一概に線引きすることが難しい。
厚生労働省「職場のパワーハラスメントに関する実態調査報告書」によると、2016年時点でパワハラ予防策を講じている企業が「最も効果を実感できた」と回答している取り組みは「管理職を対象にパワーハラスメントについての講演や研修会を実施した」。何らかのハラスメント対策を行っている企業のうち、74.2%が回答した。しかし、研修といえば忙しい業務の合間を縫っておざなりに話を聞いて、身にならないで終わってしまうことも多々ある。中には居眠りしたりスマートフォンをいじっていたりする人も散見する。
そんな中「百聞は一見に如かず」と研修用にVRでハラスメントを体験できるコンテンツを提供する企業が現れた。提供する企業は、VRコンテンツを数多く制作するジョリーグッド(東京都中央区)。セクハラおろかパワハラも体験したことのない記者が、実際に体験してみた。
ハラスメント度「100%」から体験
ジョリーグッドが提供するサービスは「Yourside」。同じシチュエーションを上司側と部下側の双方から体験できる。コンテンツはハラスメントの「NG度」ごとに何パターンかを用意している。まずは「100%」から体験した。
VRゴーグルを装着すると、舞台はバーのような店舗。自分は若手女性社員として、上司や同僚と思しきメンバーと同席している。横に座った上司は、お酌を強要したり、ベタベタとボディータッチしてきたり、部下のスマホを勝手にのぞいたり――。「さすがにこれはダメだろう」と感じる言動を次々に繰り出してくる。また、少しこちらに身を寄せてくるだけで存在感がすさまじい。特に「顔の近さ」は強烈に感じて気持ち悪さを覚えるほどだった。
担当者によると、実際の研修ではまず明らかに「アウト」だと分かるようなコンテンツを体験してもらうのだという。「こんなこと、今どきないよ」と笑いを起こして研修に対する積極性を高める狙いがある。そして徐々にハラスメントなのかどうかあいまいなケースを体験していく。どこがハラスメントに該当するのか、それともセーフなのかを毎回議論することで、受講者は理解を深めていく。
従来の研修が抱える問題点
担当者は「従来の研修で用意するテキストや図版では受け手側のイメージが十人十色。1つの資料に対して、受け止め方や熱量に違いが生まれてしまう」と話す。一方、VRで体験する動画であれば、全員が全く同じものを体験することになる。
さらに「(VR内で)話しかけられると、無視できないような感覚になる」と担当者が話すように疑似的に「1on1」の形になる。否が応でもそのシチュエーションに身を置くことになるので、これまでの研修でありがちな講師が熱心でも受講者が上の空、といったことにもならない。
実際に行っているハラスメント研修でも、受講者側が「自分には関係ない」と考えることがありがちなのだという。しかしある意味で「強制的」に集中させるVRコンテンツでは、否が応でも体験せざるを得ない。そしてそこから、研修そのものへのモチベーションにもつながっていく。「あくまでVRコンテンツは研修の補助線。『これって大丈夫じゃないの?』『さすがにここまで激しいことはしていないけど、ちょっと思い当たる節はあるなあ』といった議論を呼ぶことが目的」と話す。
ハラスメント度「50%」は……
次に、ハラスメント度50%のコンテンツも体験した。会議室のようなスペースで、上司と部下が隣り合わせとなってプレゼン資料を添削しているシーンだ。記者はまず、上司サイドを体験した。部下の資料のよくないところを指摘しながら、どう改善するべきかを伝えていく。ボディータッチや怒鳴り散らすこともなく、あからさまにアウト、と言い切れるような点はないように感じる。
その後、部下側のコンテンツを体験。上司が部屋に入ってきて、一直線に近づいて横に座ってくる。上司側のコンテンツとは違い、こちらでは心の中で部下が感じていることが音声として聞こえてくる。「何で横に座ってくるんだろう……」と聞こえると、上司目線では特に何も感じなかったが「確かに、前の席も空いているのにな」と思えてくる。他にも、やけに顔が近く感じるなどの不快感を覚えた。上司側からのときには身の入った「熱心な指導」と思えるものでも、部下からはこう受け止められるのかと身をもって感じられた。
この他、上司が部下を飲み会に誘うケースや、上司がオールドスタイルの“営業観”を部下に説くケースなどを用意しているという。これらのコンテンツは心療内科医、産業医の石澤哲郎氏監修の下、制作した。共感を生み、ハラスメントを自分事として捉えやすいよう、相談が多いケースを中心に選んだという。
ほとんどのハラスメントは「グレー」
こうした工夫が功を奏し、参加者から取ったアンケートでも「これまでの研修と比べて効果的」という声が多く集まっている。ちなみに、研修を通して理解を深める以外にもちょっと意外な効果が見えてきているのだとか。それは、「問題社員のあぶり出し」だ。ある企業では、ハラスメント度の高いコンテンツを体験した後に「これのどこがだめなんですか?」と質問した管理職がいたのだという。実際にこの管理職のチームでは離職者が相次いでいた。このようなケースでは、人事が「問題社員」へピンポイントに対応策を考えるところにもつなげられる。
担当者は「ほとんどのハラスメントはグレー。結局、日々の積み重ねが受け止め側の心理を左右する」と話す。悪質なボディータッチや暴力といった明らかにハラスメントに該当するものであれば分かりやすい。ただ、よかれと思って行った指導や教育も、場合によってはハラスメントと見なされる可能性がある。管理職側としては、五里霧中といった形で部下との関わりが希薄になってしまうケースもあるだろう。
人によっては、激しいコミュニケーションや厳しい教育がモチベーションの源泉になる、という人もいるはずだ。ハラスメントを怖がるあまり関係性を希薄にするのではなく、大事なのは日々の関係性構築と、人間観察なのかもしれない。