元ハンセン病患者の平沢さん、聖火ランナーに「治る病気と知ってもらう機会に」

東京都東村山市の国立ハンセン病療養所「多磨全生園」の自治会長、平沢保治さん(92)が聖火ランナーに決まり、園内を走ることになった。二つの東京五輪の間に、らい予防法が廃止されるなど、ハンセン病を取り巻く状況は変わったが、差別は消えていない。「治る病気だと知ってもらう機会にしたい」と意気込む。
茨城県古河市出身の平沢さんは、13歳で発症し、翌年、全生園に入所した。自治会長を務めながら、1993年の国立ハンセン病資料館(東村山市)の設立にかかわったほか、小学校などで「語り部」として活動し、断種を強いられ、子どもをもうけることが許されなかった体験を語ってきた。
今年7月、政府はハンセン病元患者の家族への賠償を国に命じた熊本地裁判決の控訴を見送った。だが平沢さんは「医学的に解決しても社会的には偏見・差別はまだある。聖火ランナーとしてそれを払拭(ふっしょく)するのが役割だ」と話す。
64年の東京五輪では調布市でマラソン競技を路上観戦。銅メダルを獲得した円谷幸吉選手らに声援を送った。米国の元ハンセン病患者らがメインスタジアムの国立競技場で観戦・応援したのに対し、国内の元患者らは、患者の隔離を定めたらい予防法(96年廃止)の存在から観戦を許されなかったという。「手の届く場所にあるのに(国立競技場に)行くことができず、悔しかった」
来年7月14日、園の入所者や近隣の小中学校の子どもたちと園内を走るという。「ランナーを務めることは、悔しい思いをして死んでいった仲間への鎮魂の意味もある。重い十字架だが、仲間の思いを背負って走りたい」と話す。【安達恒太郞】