先週、忘年会に行きたくない人たちがTwitter上で「忘年会、もうやめない?」と意思表明をする「忘年会スルー」のハッシュタグが話題になっていました。
高い会費を払ってまで上司の機嫌を取りたくない、宴会芸を強要されるのが嫌だ、年末で仕事に追われているのでそれどころではない……など、忘年会に対しての否定的なコメントの数々を見ていると、一体「飲みニケーション」とは誰のためのものなのか、と思いをめぐらせずにはいられません。
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私自身も、忘年会にはあまりいい思い出がありません。上司への気配りや料理の取り分け、ドリンクの注文に適当な相槌。もちろん落ち着いて食事を楽しむ余裕はありませんし、お酒を飲んでリラックスできるわけでもないので、若手としては「数千円を支払って、私は何を?????」感が拭えないのが一番ダメかなと。
中でも女性にかぎって言うと、飲み会の場で男性から「ホステス」のような立ち居振る舞いを求められることがあります。例えば、男性上司が女性を隣に座らせてお酌をしてもらったり、自慢話や愚痴を延々とこぼしたり、酔った勢いで性的な言動をしたりなど、実際に見聞きしたり、嫌な思いをしたことがある人も多いかと思います。
これに関しては、もう弁解の余地がまったくありません。頼むから、そういうことがしたいならキャバクラに行ってくれ。ちゃんとサービスに見合う金を払って、欲求を満たしてくれ。女を、それも同じ職場の部下を「自分を気持ちよくさせてくれる存在」だと勘違いしないでくれ。
社会人1年目の頃、会社の飲み会に呼ばれて店に入ると、入り口で待ち構えていた男性の先輩から「女の子たちは、役職者の両脇に座ってお酒を注いだり、料理を取り分けてあげて」と言われたことがありました。あまりにも嫌だったので「無視して隅っこの方で座っていよう」と考えながら席に向かうと、すでに男性たちは座っていて、ご丁寧に役職者の両隣だけがそれぞれ空けられていました。
もう絶対楽しめないじゃないですか。「で、どの子が隣に座るの?」みたいな顔でこっちを見ているおじさんたちと、「なんでおじさんの隣以外の選択肢がないの?」とちょっとキレてて困ってる女の子たち。多分、ここからどう頑張っても盛り返せないじゃないですか。
仕方がないのでとりあえず空けられた席に座るけれども、その場を純粋に楽しむことはできませんでした。極め付けは、先輩から耳打ちされた「部長にデザートを『あーん』してあげて。喜ぶからさ」という一言。あまりに驚いて「なんでそんなことしなくちゃならないんですか、自分がやったらいいんじゃないですか」と私が吐き捨てるまでの流れを、どうやら部長本人が目撃していたらしく、「いいよいいよ、そんなことしてくれなくてもさあ、大丈夫だよ」と慌てて取り繕う部長の姿が、本当に悲しかった。
後輩の女子を社内の接待要員として使ったあげく、部長にあんなかわいそうな思いをさせることになるなんて、多分男性の先輩社員は思ってもいなかったのだろうけど。
あとこれはくりかえし言っていることですけれど、もう飲み会で「エロ担当の女性」をありがたがる文化、やめませんか。
「エロ担当の女性」はけっこうどこにでもいる、というより「各コミュニティにおいて誰かがその役割を背負わされている」の方が正しくて、男性だけでなく女性までもが「あの子は多少のセクハラや下ネタはOK」だと認識している女性って、誰でも心当たりがあるんじゃないかと思うんですよ。
私の友人にもそういう役割の女性が何人かいて、聞くと「下ネタで盛り上がるのが楽しい」と言う人や「ちやほやしてもらえるから嫌じゃない」人もいれば、中には「拒否すれば場が白けるので仕方なく受け入れている」という人もいます。そして「他の女性がセクハラされないようにスケープゴートの役割をしている」と考えている人もいるのですが、実際は「エロ担当の女性」がいても、他の女性へのセクハラの抑止力にはならないばかりか、二次被害を生み出すことにつながっていると思うのです。
「当人同士が良ければいいんじゃないか」と思われるかもしれませんが、これは「エロ担当の女性」と「彼女に性的な言動をする人」、「それを囲んで笑っている人たち」だけの問題におさまりません。「周りも笑っていたし、これくらいなら許されるんだ」と思った人が、他の女性にも同じことをやらかしてしまうのを何度となく見てきた身としては、お酒の席での「多少のセクハラや下ネタ」文化には「もう勘弁してくれ」という気分になってしまいます。
「忘年会スルー」は多分、世代間の価値観の違いとか、同じ金額を払っているのに若年層が割りを食うとか、いまだに横行するセクハラとか、ちょっとした不満の積み重ねで噴出した叫びみたいなものだと思います。「忘年会楽しいじゃん」という人と「忘年会に行きたくない」という人が見ている世界はおそらくまったく違っていて、前者はきっと面倒ごとを背負わされない立ち位置や環境にいるからこそ楽しめるのでしょう。
そんな人たちが、面倒ごとを誰かに押し付けて「忘年会に来ないのはノリが悪い」とか「絆を深めるいい機会なんだから」とか言うのは、あまりにも配慮に欠けていて「それは余計に溝を深めるだけだろう」と思うのです。
残業代でも出ないかぎり、本来は定められた就業時間以外の「強制参加」なんてまず論外で、飲み会は「自由参加」とした上でスケジュール的にも精神的にも「行けたら行く」くらいのスタンスが一番健全なはず。ただの「飲み会」に「酒を飲む」以外の、例えば「仕事を円滑に行う」とか「会社への忠誠心を確認する」目的なんかを乗せようとするからおかしくなるだけで。それって、会社が一番嫌がるはずの「公私混同」じゃないの。
思想が違う人が集まっているのだから、好き嫌いや合う合わないは出て当然だし、それを「みんなで仲良くしようね!」と強制するのもなんか違うと思うんだよなあ、お酒の力で仲良くなるんじゃなくて、仲良くなったら飲みに行けばいいんじゃないかなあ。
そんなことを、今年の忘年会を振り返りながらひたすらに思いふけっています。
(吉川 ばんび)