「気をつけなあかんのは、痴漢の冤罪や」。12月8日に放送された『THE MANZAI 2019 マスターズ』(フジテレビ系)で、お笑いコンビ・NON STYLEが披露した電車内トラブルについての漫才が批判を浴びている。 ツイッターでは、「痴漢された人が言い出しにくくなっていく」、「面白いって笑える人も多いぐらいに日本の性被害への認識が薄い」といった反発の声も見られた。 同じ性犯罪でも「レイプ」であったら、漫才のネタにされるだろうか。こんな風にして、2019年においても、痴漢に関する話は「娯楽」として消費されている。性犯罪なのにこのように軽く扱われる現状をどう捉えたらいいのだろうか。 ●「痴漢について共有された知識がない」 「痴漢がなければ、冤罪もない。痴漢を娯楽にする文化がなければ、性暴力である痴漢被害について、もっと社会は考えてきたはずだ」 こう話すのは、このほど『痴漢とはなにか 被害と冤罪をめぐる社会学』(エトセトラブックス)を出版した、龍谷大学犯罪学研究センター博士研究員の牧野雅子さんだ。 戦後から現在に至るまで、痴漢などに関する約1万3000件の新聞記事と約2150件の雑誌記事を分析し、3年かけて「痴漢はどう語られてきたのか」を読み解いた。痴漢についてのまとまった先行研究はなかったという。 「痴漢と思えば冤罪を連想するかもしれないが、今の若い人たちは、かつて社会で痴漢がどう語られていたのかを知らない。痴漢について共有された知識がなく、建設的な議論ができていないように感じた。今ある問題は、かつての男性が作ってきた『文化』なんです」 ●痴漢冤罪は「警察や検察のずさんな捜査が問題」 痴漢は明治時代の新聞でもすでに社会問題として取り上げられていた。1970年代以降になると、男性誌では「痴漢のテクニック」が公然と共有される一方で、女性誌では、痴漢被害や対処法を共有する記事が並ぶようになる。 たとえば、1975年6月26日の『週刊現代』には、「これから増えるチカンの手口」として電車の中の「お尻撫で」「オッパイさわり」くらいなら「さわぐほうがおかしいといってもよいのではなかろうか」という記述がある。 なぜ、当時問題にならなかったのだろうか。牧野さんは「社会全体が、性暴力に寛容だったわけではない。女性はずっと嫌だと言っていたけど、その声を打ち消すほどの記事量と社会的圧力があった」とよむ。 2000年にあいついで痴漢事件で無罪判決が報道されたことで、男性誌には一転して痴漢冤罪に関する記事が増えていく。週刊誌では「一度痴漢に間違われたら、終わり」など、男性が痴漢に間違われることを「被害者」と捉える記事が出てきた。
「気をつけなあかんのは、痴漢の冤罪や」。12月8日に放送された『THE MANZAI 2019 マスターズ』(フジテレビ系)で、お笑いコンビ・NON STYLEが披露した電車内トラブルについての漫才が批判を浴びている。
ツイッターでは、「痴漢された人が言い出しにくくなっていく」、「面白いって笑える人も多いぐらいに日本の性被害への認識が薄い」といった反発の声も見られた。
同じ性犯罪でも「レイプ」であったら、漫才のネタにされるだろうか。こんな風にして、2019年においても、痴漢に関する話は「娯楽」として消費されている。性犯罪なのにこのように軽く扱われる現状をどう捉えたらいいのだろうか。
「痴漢がなければ、冤罪もない。痴漢を娯楽にする文化がなければ、性暴力である痴漢被害について、もっと社会は考えてきたはずだ」
こう話すのは、このほど『痴漢とはなにか 被害と冤罪をめぐる社会学』(エトセトラブックス)を出版した、龍谷大学犯罪学研究センター博士研究員の牧野雅子さんだ。
戦後から現在に至るまで、痴漢などに関する約1万3000件の新聞記事と約2150件の雑誌記事を分析し、3年かけて「痴漢はどう語られてきたのか」を読み解いた。痴漢についてのまとまった先行研究はなかったという。
「痴漢と思えば冤罪を連想するかもしれないが、今の若い人たちは、かつて社会で痴漢がどう語られていたのかを知らない。痴漢について共有された知識がなく、建設的な議論ができていないように感じた。今ある問題は、かつての男性が作ってきた『文化』なんです」
痴漢は明治時代の新聞でもすでに社会問題として取り上げられていた。1970年代以降になると、男性誌では「痴漢のテクニック」が公然と共有される一方で、女性誌では、痴漢被害や対処法を共有する記事が並ぶようになる。
たとえば、1975年6月26日の『週刊現代』には、「これから増えるチカンの手口」として電車の中の「お尻撫で」「オッパイさわり」くらいなら「さわぐほうがおかしいといってもよいのではなかろうか」という記述がある。
なぜ、当時問題にならなかったのだろうか。牧野さんは「社会全体が、性暴力に寛容だったわけではない。女性はずっと嫌だと言っていたけど、その声を打ち消すほどの記事量と社会的圧力があった」とよむ。
2000年にあいついで痴漢事件で無罪判決が報道されたことで、男性誌には一転して痴漢冤罪に関する記事が増えていく。週刊誌では「一度痴漢に間違われたら、終わり」など、男性が痴漢に間違われることを「被害者」と捉える記事が出てきた。