東日本大震災で祖母を亡くした岩手県山田町大沢の堂田祐輔さん(28)が11日、同町中央町に常設の手作りパン店「山田湾ベーカリー」を開業した。「あんパンを食べさせたかった」。おばあちゃん子でもあった堂田さんはパン好きだった祖母を、そう言ってしのんだ。
店舗は100平方メートルほどの平屋建て。これまで営業していた同町大沢の仮設店舗を閉じて、国道45号沿いに移転した。売り場や工房のほか、椅子を並べて食べられるコーナーも設置。食パンやフランスパンをはじめ、ショコラブレッドなど、この日は30種類以上のパンを焼いて並べた。県産小麦「ゆきちから」と、石割桜(盛岡市)の花から採取した天然酵母を使った手作りパンが自慢だ。
この日は雨にもかかわらず、午前9時半過ぎには客が相次いで訪れた。友人や近所の人たちから「おめでとう。念願かなったね」と祝福の言葉を掛けられ、笑顔が広がった。
震災で祖母の良子さん(当時79歳)は津波にさらわれた。入居していた町内の介護施設からバスで避難する途中だった。戦時中、町内にあった水上飛行機の基地で整備兵として任務にあたり、終戦後も山田に残った北海道出身の夫(故人)と結婚。孫の堂田さんが生まれてからは、地方銀行に勤める娘の良恵さん(51)と共に、懸命に育てた。耳が不自由で会話もたどたどしい堂田さんを温かく見守った。
堂田さんは震災当日に盛岡の専門学校を卒業し、東京などで2年余の修業を経て、町内に建てられた仮設店舗でパン店を経営してきた。開業は祖母の月命日を特に意識したわけではないが、「ここまで導いてくれた」と感謝の気持ちを忘れない。
「おばあちゃんはあんパンやジャムパンをいつも口にしていた。常設店舗が持てた今日の晴れ姿を見てほしかった」。眼鏡が一瞬、曇った。【鬼山親芳】