利用客1日60人だけ!? 新幹線イチの秘境駅「奥津軽いまべつ」には何がある?――2019 BEST5

2019年(1月~11月)、文春オンラインで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。地域部門の第3位は、こちら!(初公開日 2019年6月24日)。
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その駅は、津軽半島の山の中にある。東京から新幹線に乗って3時間30分。それが近いのか遠いのか……「奥津軽いまべつ」という北海道新幹線の駅は全国津々浦々の新幹線の駅の中で最も利用者数の少ない駅である。
2016年3月に開業して間もない北海道新幹線、巷間赤字が伝えられているがそれでもやっぱり新幹線。利用者が少ないと言っても1日数百人くらいはいるのではないか……と思って調べてみたら、2016年度はなんと1日平均の乗車人員はたったの約60名だという。いやはや、驚きの少なさである。
というわけで、その「奥津軽いまべつ」という駅はいったいどんな駅なのか。新幹線に乗って訪れてみた。東京駅6時32分発の「はやぶさ」1号新函館北斗行。それに乗って約3時間半、新青森駅の次の駅が目的の奥津軽いまべつである。その段階ですでに車内はガラガラで、北海道新幹線の現状を垣間見つつ新幹線随一の秘境駅に降り立った。筆者の他には、幾人かのサイクリストが降りただけ。津軽半島の山間に建つ駅舎は開業から3年あまりが経った今でもピカピカで、新築の香りに満ちていた。
前述の通り奥津軽いまべつ駅は、北海道新幹線の駅だ。つまり、JR北海道の駅ということになる。駅名標にも萌黄色の「JR北海道」のロゴが刻まれているし、駅員さんもJR北海道の社員、駅舎内のポスターやらもみな、北海道仕様である。だからなんとなく北海道に来たような気分になってしまうが、実際はまだギリギリ本州の最果て。新幹線は奥津軽いまべつ駅を出て少しすると、青函トンネルに潜って津軽海峡を越えてゆく。

そんな最果ての駅の外に出てみる。駅舎から出るには、改札口から長い通路を渡ってエレベーターの設けられている昇降棟に行く。その通路はガラス張りになっていて、真下には新幹線の保守基地や津軽海峡を渡る貨物列車のための線路が走っている。片隅に置かれている保守車両を見ると、この場所に駅が設けられた理由がほんの少しわかるような気がするところである。
そうして昇降棟に出ると、そこからはエレベーターで地上に降りる。もちろん隣には階段もあるのだが、その段数は実に115段。下りはいいけれど登りは怖い。奥津軽いまべつ駅は地上3階、ずいぶんと高い場所にある駅なのである。で、エレベーターで楽をして外に出てみると……駅前には誰もいないし、そもそも人の気配もない。小奇麗に整備されたロータリーこそあるけれど、その向こうにはまごうことなき森が広がっている。本州最果ての山の中、きっとサルとかシカとか、場合によってはクマなんかも出るのだろう。そんな森が、駅前にどーんと待ち構えている。
奥津軽いまべつ駅はその周囲に市街地どころか小さな集落のようなものもないようだ。だから1日に約60人しか乗車しないというのも至極納得なのである。もちろん、本当になにもないわけではなくて、駅の隣には立派な道の駅があって、地元の特産品などを売っている。中にはいってみると、数人の観光客やサイクリストと思しき人たちの姿もあった。

「この駅からね、山を越えて津軽半島を走るんです。なだらかなアップダウンが続くから、自転車で走るのにちょうどいい。6月でもまだ涼しいから気持ちがいいですよ」
サイクリストの1人がこう話してくれた。確かに、東京から新幹線に3時間半ばかり乗って降りたらすぐに人里離れた山中を自転車で走れるというのは魅力的なのかもしれない。
そんな“秘境駅”奥津軽いまべつだが、実は“乗り換え”できる路線がある。駅のあたりを一瞥する程度では見当たらないのだが、道の駅の裏手にひっそりと1面のホーム。JR津軽線の津軽二股駅である。この津軽線に乗れば、さらに津軽半島の先っちょ、本州最北端の駅・三厩まで行くこともできる。……のだが、貼り付けてあった時刻表を見てみると、どうにもこうにもならないのである。
新幹線だって奥津軽いまべつに停車する本数は上下あわせてわずか14本。津軽線津軽二股駅に至っては、定期列車では上下あわせて10本だけだ。これらがうまく接続するダイヤになっていればいいのだが、それすらまったく考慮がされていない。筆者が降りた新幹線は10時7分着だったが、三厩行の津軽線に乗り継ごうと思ったら約2時間も待たねばならないのだ。ローカル線の旅に長い待ち時間はつきものとは言え、これじゃあさすがにキツイ。そもそも奥津軽いまべつ駅と津軽二股駅はJRによる公式な乗り換え駅ではないらしいから、もうどうしようもないのである。

ならばと新幹線に乗って青森方面まで戻ろうにも、これがまた実に厄介。奥津軽いまべつ発の上り新幹線がいつになってもやって来ないのだ。10時7分の下りで到着した場合、15分後に上り新幹線があるにはあるが、道の駅で時間を潰していたらそれに乗るのは難しい。となると、上下どちらに行こうにも13時台まで列車は来ない(その間、通過列車はバンバン通る)。これでは津軽線に乗り継いだほうがまだマシである。さすが、1日の利用者が100人に満たない新幹線でいちばんの秘境駅……。
かくして津軽半島の秘境駅前で途方に暮れていたら、駅前のロータリーに1台のバスがやってきた。バスと言っても小さなマイクロバスだが、れっきとした路線バスのようだ。聞けば、「津軽鉄道の終点の津軽中里まで行きますよ」。料金は1200円だが道の駅できっぷを買えば半額の600円で済むという(期間限定)。慌てて道の駅に戻ってきっぷを買って、このバスに乗ってみた。
筆者以外に誰も乗っていないマイクロバスは快調に森の中を走って山を越え、1時間もかからずに津軽平野の北の端、小さな集落の中の津軽中里駅に到着した。ここで津軽鉄道に乗り継げば、太宰治の生地にしてあの『俺ら東京さ行ぐだ』の吉幾三の故郷・金木の街を通る。そして終点の五所川原まで行けば日本海の絶景を拝める屈指の観光路線・JR五能線と接続する。ここまで来れば、すっかりローカル線の旅が楽しめる。そうしてみれば、東京から3時間半で行ける新幹線No.1の秘境駅を皮切りに文学の香り漂う最北端の私鉄、そして絶景車窓の旅というのも、悪くない休日の過ごし方になりそうなものである。
(※2019年6月上旬、取材時点の情報です)写真=鼠入昌史
(鼠入 昌史)