賃金は減り、リストラが加速…… ミドル社員を脅かす「同一労働同一賃金」の新時代

2020年がスタートしました。「子年」。新しい十二支のサイクルがスタートです。

19年の夏頃からでしょうか。「時代の大きな変わり目が来ている」――。そんなことを肌で感じてきました。今当たり前と思っていることが当たり前じゃなくなり、「へ~、そんな時代があったんだ~。信じられない~」などと遠いまなざしで過去を懐かしがるような。そんな変化が始まる年になると個人的には考えています。

20年の大きな目玉といえば、4月から施行される「同一労働同一賃金制度」です。本来、同一労働同一賃金とは、職務内容が同じであれば、同じ額の賃金を従業員に支払うという制度です。

「正規か非正規かという雇用形態にかかわらない均等・均衡待遇を確保し、同一労働同一賃金の実現に向けて策定するものです」

これは厚生労働省が示した「同一労働同一賃金ガイドライン」の冒頭に書かれている文章ですが、「均等・均衡待遇」という文言は、実に大きな意味を持ちます。

いい意味で? いいえ、悪い意味で。

同一労働同一賃金に「均等」だけではなく「均衡」という2文字が入ることは、働く人の賃金に悪影響を与える可能性が高まってしまうのです。

「均等」とは、一言でいえば「差別的取り扱いの禁止」のこと。国籍、信条、性別、年齢、障害などの属性の違いを賃金格差(処遇含む)に結び付けることは許されません。仮に行われたとすれば、労働者は損害賠償を求めることが可能です。

一方、「均衡」は、文字通り「バランス」。「処遇の違いが合理的な程度及び範囲にとどまればいい」とし、「年齢が上」「責任がある」「経験がある」「異動がある」「転勤がある」といった理由を付すれば、違いがあって当然と解釈できます。

均等の主語は「差別を受けている人」ですが、均衡は「職場」。「均等」では、差別を受けている人(=処遇の低い方)を高い方に合わせるのが目的ですが、「均衡」では低い方に高い方を合わせても問題ありません。

「均衡」という言葉にこだわる政府
そもそも50年以上前の1951年に、ILO(国際労働機関)では「同一価値労働同一賃金」を最も重要な原則として、第100号条約を採択しました。この根幹をなすのは「均等」です。職種が異なる場合であっても、労働の質が同等であれば、同一の賃金水準を適用するとし、一切の差別を禁止しました。

そのILOが、日本政府に対し、8回にもわたり同一労働同一賃金の勧告をしていることはあまり知られていません。

また、経済協力開発機構(OECD)も、2008年に「Japan could do more to help young people find stable jobs(日本は若者が安定した仕事につけるよう、もっとやれることがある)」と題した報告書の中で、「正規・非正規間の保護のギャップを埋めて、賃金や手当の格差を是正せよ。すなわち、有期、パート、派遣労働者の雇用保護と

社会保障適用を強化するとともに、正規雇用の雇用保護を緩和せよ」と勧告を行っています。

そういった外圧も影響し、政府は「同一労働同一賃金」を進めているわけですが、「均衡」という姑息な言葉に最初から最後までこだわり続けました。

例えば、同一労働同一賃金の議論が始まった当初、安倍晋三首相は以下のように発言していました(16年1月22日の通常国会での施政方針演説の一部)。

「私たちは『一億総活躍』への挑戦を始めます。最も重要な課題は、一人一人の事情に応じた、多様な働き方が可能な社会への変革。そして、ワーク・ライフ・バランスの確保であります。

(中略)非正規雇用の皆さんの均衡待遇の確保に取り組みます。短時間労働者への被用者保険の適用を拡大します。正社員化や処遇改善を進める事業者へのキャリアアップ助成金を拡充します。契約社員でも、原則1年以上働いていれば、育児休業や介護休業を取得できるようにします。さらに、本年取りまとめる『ニッポン一億総活躍プラン』では、同一労働同一賃金の実現に踏み込む考えであります」

「均衡待遇の確保」と明確に述べています。

さらに、その後に放送されたNHK「日曜討論」で、これが非正規ではなく、正社員、特に「ミドルの正社員=会社の中で重い責任を担っている人」を脅かす問題であることが明らかになります。共産党の小池晃政策委員長に、「同一労働同一賃金の中身」を問われた自民党の小野寺五典政調会長代理が次のようにコメントしたのです。

「会社の中で、常勤には責任の重さがあるのでバランスをとって不均衡にならないように方針を決めていく」

もっとも、ジョブ型でない日本独特の働き方では、年齢や経験など職務給が存在しているため、同一労働同一賃金を実行するのは容易なことではないのも事実です。しかしながら、「均衡」を重要視し続ければ、その職務給を都合よく廃止できる。実際、その動きはじわじわと進められています。

ミドル・シニア社員のリストラが加速する
このような状況を鑑みると……

・非正規の賃金が上がるのではなく、正社員の賃金が非正規並みになる可能性

・40代以上の賃金が下がる可能性

が極めて高い。

それだけではありません。政府は定年を70歳に義務化する方針を示しているので、ミドル&シニアの正社員のリストラが加速することになるかもしれません。

19年1~11月の上場企業の早期・希望退職者の募集(または応募)が、1万人を突破し、今年は味の素(100人程度)やファミリーマート(800人程度)など7社、計1500人が、バブル世代をターゲットに希望・早期退職を実施する方針を決定したと報じられています。

これまでは「景気が悪くなる→希望退職者を増やす」が定説でしたが、業績の良い企業でも将来を見込んで続々と「お引き取りください!」攻勢に出ているのです。

19年12月に朝日新聞が45歳以上の大量リストラを発表し、退職金は上限6000万円という驚愕(きょうがく)の数字が報じられ話題になりましたが、6000万円払ってでもコスパの悪いシニア社員をたたき出したいのです。

65歳定年が義務化され、企業は60歳で定年した社員を雇用延長という形に切り替え、低賃金で雇用してきました。しかし、それを不服とした裁判が増えているので、同一労働同一賃金制度が施行されれば、「裁判に持ち込まれるリスクを減らそう」と考える企業が増えても不思議ではありません。

仕事との向き合い方を見直す年に
今後、40代も含めたミドル・シニア世代を対象とした、希望退職という名の“新手のリストラ策”が増えていくと、その先に待ってるものは何か? 富裕層が増え続ける中で、会社員の賃金が上がらない状況が続いている先に待っているものは何か?

想像するだけで暗たんたる気持ちになるのですが、「下流老人」という言葉が流行したときに、「それは一部の人の話。不安を煽(あお)っているだけ」と豪語した識者がいましたが、今後は「貧困高齢者」「貧困高齢者予備軍」が増えていくのです。そして、今の30代、40代が60歳以上になったら状況はもっともっと深刻になっていくのです。

ただ、数こそ少ないものの、やる気あるシニア社員をきちんとした賃金体系のもと雇用する企業も出てきています。2020年という年が時代の変わり目となることが避けられない状況の中、「私」たち自身も仕事との向き合い方を見直し、年齢にとらわれず「成長したい」という気持ちと学び続ける姿勢を持ち続け、自分がここにいる「意味」を作っていく必要があります。

今年はそういう内容のコラムもできる限り発信していきますので、お付き合いいただければうれしいです。

(河合薫)