【藤井聡子】独身アラフォー女性が「地元での年末年始」にブルーになる諸々の事情 棲み分けていた人が集まって起きる軋轢

年末年始、それは地元で過ごす一部の独身女性にとって、ブルーな気持ちを引き起こすシーズンかもしれない。義実家というアウェーに乗り込む嫁VSホームを荒らされまいとする姑に注目が向けられがちだが、その激しい攻防戦の板挟みになる小姑(私だ)や、既婚者だらけの新年会で心細い思いをする人種も確実に存在する。私の後半生における年末年始を追体験してもらい、独身女性の哀歌に耳を傾けてほしい……。
私は富山で「ピストン藤井」という名でライター活動をしている。2008年、29歳になる年に東京から富山に帰郷し、今は実家の薬局で働きながら、富山のユニークな人々や場所について書き連ねている。

昨年10月には本名の藤井聡子名義で、初めて単行本『どこにでもあるどこかになる前に。~富山見聞逡巡記~』(里山社)を出した。北陸新幹線開業によって、表面上は開かれた街づくりを推し進めつつも、富山の実体はバリバリの保守王国である。結婚し、家を建て、子を育てることが大前提のこの地で、どうにかして居場所を確保しようとする独身アラフォー女のジタバタが、この本には書かれている。

きっと自分が思っている以上に痛々しいのだろう。高校の同級生のA(独身/東京在住)からは、「身につまされすぎて読むのがしんどかった」と言われてしまった。
Aとは富山で共に年を越すのが高校時代からの恒例となっている。当初はAと私を含めて10人ぐらいで集まっており、大学進学、就職などでそれぞれ富山を出てからも、大晦日には誰かしらの家で騒いでいた。
しかしこの20数年でほとんどのメンバーが結婚、出産を機に卒業していった。昔は他にも年末年始の同窓会的な集まりがあったはずだが、今では大晦日に東京から帰省したAを、私の手料理でもてなす「無国籍料理☆ウンジャラゲ藤井」の会があるのみだ。所帯を持っている同級生たちは家族と過ごしているだろうし、帰省した友を囲む会があったとしても、私は誘われていないのだろう。
でも正直に言うと、年末年始の同窓会に行くのは年々、億劫になっていた。東京に住んでいた頃はそうでもなかったが、富山に帰郷して既婚者に囲まれるようになってからは、その傾向は加速しているように思う。
かつて年始の同窓女子会に出向いたら、子連れのファミリー会だったのでうろたえた。いくら友達の子とはいえ、私にとっては初対面の相手である。ギャン泣きする小さな見知らぬ人たちに、どう対処していいかがわからず、ぐったり疲れ果ててしまった。

ある年の新年会では高校時代の同級生が集結したのだが、所帯をもち、立派に独立した面々が家を建てた話→太陽光パネルを設置した話→売電・蓄電の話で場が盛り上がるなか、ひとり無の境地で「は~」「へ~」「ほ~」と「は行」を唱え続けた。家、子供、PTAといった、みんながざっくばらんに共有できる引き出しが自分にはないことを知り、肩身の狭い思いをした。同窓会に誘われなくなったのは、私が行かなくなったからだった。
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つまらなさそうな顔をして同窓会を盛り下げてしまうよりかは、なじみの酒場の新年会に出向いて、常連客と「勝駒・純米大吟醸」をワハハ酌み交わすほうがよっぽどいい。そう思いつつも、同窓会に行かない(行けない)ことを顧みて、場を取り繕えない自分の度量の小ささが後ろめたくもなる。年末年始の賑々しくおめでたい雰囲気に似つかわしくない、なんとなくブルーな気分。独身アラフォーの私にとって、この気持ちはもはや年末年始に恒例のものとなっている。
かたや、富山という地元に暮らす私とは違い、東京から地元に帰ってくるAのブルーは、もう少し憂鬱度が深い。Aも私と同様に旧友たちと縁遠くなり、最近では親戚の集まりにも顔を出さなくなったらしい。正月の大一番、親戚オールスターズを相手にした「結婚はどうするの?」「ほっといてくれや」合戦に辟易したのだという。いわゆる「帰省ブルー」だ。
せっせと東京で必死こいて働いてきたというのに、独身というだけで、富山では落ちこぼれ認定されてしまう。そりゃブルーにもなるし、空しくもなる。
何で結婚してないだけでこんなこと言われにゃならんのか…〔PHOTO〕iStock

年末年始のツイッター上では、「夫の実家でタダ働きをさせられる妻」を筆頭とする既婚勢の憂鬱が主に語られているが、「結婚していないことが、さも悪行のように責められる独身」勢もなかなかハードだ。おまけに姪っ子、甥っ子、いとこの子らに、見返りの無いお年玉を献上しなくてはならない。同志たちよ、くじけるでない。
かく言う私も、東京在住時から富山に帰郷した後も、ずっと「結婚は?」の責め苦に遭っていた。そういった意味では、長らく帰省ブルーに陥っていたといえる。いや、富山に帰ってきてからもブルーだったわけだから独身ブルーとでも言うべきか。これまで親戚縁者や地元の友達だけでなく、たまたま隣にいた酒場の泥酔オヤジに至るまで、なぜ結婚しないのか&できないのかと説教され続けてきた。
結婚していない理由は、する相手がいないからであってそれ以上でも以下でもない。誰でもいいからしたいわけではなく、誰ともしたくないわけでもない。だがその理由だけでは納得できないらしく、結婚に至らない要因や欠陥を述べよ、または結婚をないがしろにしてまで挑戦したい壮大な野望があるのなら提示しろ、応援してやるという。ありがとう。でも特にない。あってもお前には言わん。
終わりがないかに思えた独身ブルーだったが、私がピストン藤井としてライター活動をするようになってから、その憂鬱な気分は解消されることになった。
私が富山でライターをしているのは、地元の珍妙な魅力を掘り下げたいという純粋な欲があるからだ。そしてもうひとつ、みんなと同じ幸せを迫る周囲の圧力に気おされないためでもある。取材を通して、富山の「普通」に収まらないはみ出し者たちと出会い、私は保守的な共同体の中で何とか足場を確保することができた。
男か女か分からない、ピストン藤井という飛び道具は割と役に立つ。正月の親戚の集まりでも、「結婚はまだしてないけど、ピストン藤井はやってます!」と言えば、「なんやお前は分からん奴やのぉ」と呆れられる。変わり者扱いされることで、息がしやすくなった。今では結婚に関して説教されることもめっきり減った。30代の変わり者から40代の腫れ物に昇格し、周囲が気を遣うようになったのだろう。とことん浮くことは、地方で生きる処世術のひとつだと思う。

年末年始に話を戻そう。私はいまやずっと地元にいる身なので、「結婚しろ」圧に対する対処は心得ているが、富山との関わりが「たまに帰省するだけ」のAにとってはキツいものがあるのだろう。嘆きの声は酒量とともに大きくなる。
私からすると東京をサバイブするAはタフで賢く、ひとりで生きていくスキルも算段も、とっくについているように思える。しかし富山に帰省すると、彼女はひたすら、自分が独身であることを嘆くのだ。
30歳の年には「もう30になってしまった。ますます嫁にいけんくなる」、40歳の年には「とうとう40になってしまった。どう転んでも嫁にいけんから、ひとりで入る墓を探す」とぼやく。身内からのプレッシャーがそうさせるのか、田舎の空気が劣等感を抱かせるのか、それとも東京では弱音を吐けないのか。
「東京は人が多い分、生き方の選択肢もたくさんあるけど、狭い富山だと独身ってだけで悪目立ちする。私なんか絶対にここで住めんわ」
散々ぼやき切った後、故郷には戻るまいという決意を新たにした様子でAは東京に帰っていった。かつての私もそうだったのだろうと思う。
決意も新たに東京へ帰る〔PHOTO〕iStock

Aが抱える帰省ブルーや、地元に対する眼差しは私もよくわかる。しかし一方で、故郷に帰る側から、帰ってくる人を迎える側の立場になったことで別の側面が見えてきた。「帰省ブルー」やその背後にある都会の中央的な感性は、ややもすると暴力性をはらむのだ。
私がまだ東京にいた頃は、帰省するたび富山の寂れっぷりに「懐かし~!」「なんもねぇ~!」「民放3つしかねぇ!」と喜んでいた。地元で働く友達に「やっぱ、一回、東京に出たほうがいいよ。井の中の蛙になっちゃうよ~」と偉そうに語っていたが、東京の雑誌業界の末端でゲコゲコと鳴いていたのは私のほうだった。そして勝手に東京に負けた気になり、勝手に富山に逃げてきたのだった。
帰郷した当初、私は自虐的に「都落ちした」と周囲に言いまくっていた。自分たちが暮らしている場所を、「落ちた地」呼ばわりされた同級生たちはどう思っていたのだろうか。「富山に住めない」=「住みたくない」というAの姿は、あの頃の自分とダブる。故郷に対する上から目線の物言いに引っ掛かってしまうのは、私が富山の中の人間になったせいでもあるのだろう。
外からやって来る人たちは、時に辛辣で、暴力的なまでに正しい。「女の幸せは、結婚して、夫をたてて、子供を産み育てることだ」と信じて疑わない富山の名物仲人おばさんを、「家父長制なんて、多様性の時代に逆行する愚かな考えだ」と論破する救世主が現れたと人づてに聞いた時、私はなんだか複雑な思いに駆られた。
「家父長制は愚かだ!」〔PHOTO〕iStock
広い視野を持つ人たちが、地方の前時代的な考えに違和感を抱くのは当然だろう。内側の人間が抱える閉塞感を、外から打破する重要性も私は知っているつもりだ。だが彼らは派手にちゃぶ台を引っくり返しはするが、後片付けをせずに颯爽と去っていくパターンがほとんどだ。
残された者たちはぶちまけられた茶わんを拾いつつ、怒り心頭であろう仲人おばさんをなだめすかすのだ。なぜなら私たちは、仲人おばさんゾーンと地続きの狭いコミュニティに生きているからだ。これからも日常は続いていくし、一回や二回の論破でへこたれるほど相手はやわじゃない。本当に説き伏せたいのなら、膝を突き合わせて何年も対話する覚悟が必要だ。

つまり何が言いたいのかというと、帰省するほうもブルーだろうが、帰省されるほうもそれなりにストレスがかかるということである。
日本の年末年始には七福神の神様のほかにも、人々をどこかおかしくする魔物が棲んでいるのかもしれない。普段は距離を保ちながらうまく棲み分けていたものが、不意に行き交うことで生まれる軋轢とでも言えばいいだろうか。
正月といえば帰省ブルーにくわえ、年賀状問題も浮上してくる。昨年末に地元の女友達(既婚で子持ち)と飲んでいると、「年賀状を二種類作るのが大変だ」と愚痴りだした。基本的には子供の写真入りの年賀状を作成するのだが、別注で文字とイラストのみのタイプも用意するという。
私のような独身女と子供のいない既婚者向けに、だ。家族写真に対して私は特に何とも思っていなかったが、離婚経験者や婚活、妊活している人の中には、家族写真の年賀状が「幸せアピール」に見えて不快になる人もいるのだそう。そういえば年々、私宛ての家族写真の年賀状が減っているような……。
所帯持ちにそこまで気を遣わせていたとは、やはり独身は腫れ物か。いつから正月はこんなに厄介になったのだ! というか、別注してまで年賀状送らなくてもいいです。

正月なんて祝い事なのだから、幸せ自慢は大いにすればいいと個人的には思う。今は1枚も年賀状を出していない薄情な私だって、いつか「結婚しました!」の文言、伴侶との写真、ギンギラギンにデコった年賀状を節操なくばらまくことになるかもしれない。もしそうなったとしても、「ケッ!」と冷たく鼻で笑わないでほしい。