死ぬより苦しい「肺炎」のすべて…冬場のいまが一番危ない 「インフルエンザから肺炎」のケースも

「誤嚥性肺炎」と「間質性肺炎」。いずれも近年よく聞かれるようになった病名で、語感の近さから同じような病気のようにとらえられがちだが、まったく似て非なるものだ。田中方士医師が解説する。
「ごく簡潔に言うなら、誤嚥性肺炎は口からの液体や食べ物が、気道に入ることで起こる肺炎。一方の間質性肺炎は、加齢や体質など、さまざまな原因によって起こる肺炎です」
詳しくその違いを見ていこう。
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「誤嚥性肺炎」は、本来なら口から食道へ入るべき食べ物や唾液などが、誤って気道に入ってしまい、その唾液や食べ物に含まれている細菌が肺を傷つけることで、肺炎を起こす。
「高齢になり飲み込む力が弱くなっていくと、食べ物や唾液が気道に入ってしまう可能性が高くなります。すると、口の中に700種類以上いると言われる菌が気管から肺の中に入って増殖し、肺炎を起こすのです。
特に、寝たきりになって飲み込む力が弱くなった人がなりやすく、そうした患者さんが誤嚥性肺炎になった場合、あまり時間が経たないうちに亡くなってしまうことが多い」(田中医師)

高齢化にともない、日本では誤嚥性肺炎になる人が急増している。西山耕一郎医師は、「最近は誤嚥性肺炎の患者さんが増えすぎて、呼吸器内科だけでは対応できないほど」という。
「飲み込む力は50代あたりから徐々に低下し、70歳を超えると、一気に衰えます。誤嚥性肺炎で亡くなる人は年々増えていますが、飲み込む力をどれだけキープできるかが、寿命を決定づけるカギとなっているといってもいい。
食事中によくムセるようになった、自分の唾液で咳き込むことが増えた、痰が絡むことが多くなった、といったことに思い当たる場合、飲み込む力が衰えてきた証拠。
誤嚥性肺炎になる恐れが非常に高いと自覚して、のどの筋力や呼吸機能を鍛えるトレーニングなどを始めるべきです」(西山氏)
一方の「間質性肺炎」は、間質と言われる肺の壁の部分が炎症を起こすことで発症するものだ。医師の吾妻安良太医師が説明する。
「間質性肺炎になると、『肺線維症』といって肺が少しずつ線維化していきます。それに伴い肺が硬くなり、次第に肺活量が減って、呼吸が苦しくなっていくのです。いわば、肝臓が悪くなって肝硬変になっていく感覚に近い」
間質性肺炎は急性の場合を除き、1年以上の時間を経てゆっくりと進行していくのが特徴だ。
当初は階段の上り下りの際などに息切れが生じる程度だが、病気が進行すると、部屋の中の移動や、服を着脱するだけでも、痛みを伴う咳が出るようになる。その結果、最後は呼吸困難になり、命を落とす。
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死の直前、体が弱った患者がかかることが多い誤嚥性肺炎に比べると、じわじわと長時間をかけて体を蝕む間質性肺炎のほうが苦しいと言われている。
間質性肺炎が厄介なのは、治療が難しいことだ。吾妻氏が続ける。
「間質性肺炎になる原因は80以上もあると言われていて、その原因によって治療方法が違うのです。誤った治療を施すと悪化する恐れもあるので、なおさら治療が難しい。
また、初期のころは空咳が続くだけで、熱も出ず、痰も出なかったりするので、患者本人が肺炎にかかっていることに気づきにくいのです。医師の側も、ただの喘息だと誤診してしまうケースがあります」

さらに恐ろしいのが、風邪をひいたあとや、手術を行った後など、体力が弱っているときは、一気に間質性肺炎が悪化することだ。「急性増悪」と呼ばれる状態だが、こうなると治療は困難になり、死亡する確率が跳ね上がる。
予防するのが難しいうえ、放置している間に、長い時間をかけて悪化する間質性肺炎。「やたらと長い期間、空咳が続くな……」と思ったら、間質性肺炎の可能性を疑い、その診療に精通する医師に早めに相談したほうがいい。
「3ヵ月前のある夜のことです。自宅でゆっくり本を読もうとしたのですが、なんとなく頭がぼおっとして本の内容に集中できない。
そうこうするうちに、だんだん息苦しくなってきたので、これはおかしいぞと立ち上がって上の階にいる妻を呼びに行こうとしたら、ひどいめまいがして階段も昇れない。
これまでも、息苦しさを感じることはありましたが、落ち着いて楽な姿勢でじっとしていれば、すぐに治った。しかし、このときは違いました。
息は吸っているのに、酸素が肺に入ってこないようで、吸い込もうとすればするほど息苦しさが募っていく。まるで水の中で溺れているようでした」
こう語るのは栗原浩一郎さん(72歳、仮名)。栗原さんは息苦しさを抱えたままタクシーで近くの総合病院の救急にかけつけ、酸素マスクをつけてもらって初めて発作が治まった。

「このとき病院の先生に指摘されて初めて、自分の肺に疾患があるということに気が付きました。COPD(慢性閉塞性肺疾患)という病気です」
COPDは長年の喫煙などによって、気管支の壁が腫れたり、肺の弾力性が失われたりする病気。正確にはそれ自体は肺炎ではないが、肺炎の前段階といってもよい危険な状態だ。医師の竜崇正氏が解説する。
「肺炎死でいちばん多いのはCOPDから肺炎になるパターンです。肺炎で亡くなるときは、当然のことながら息苦しいのですが、とりわけCOPDから肺炎になった人が味わう苦しさは筆舌に尽くしがたいものがあります。患者さんの中には、『いっそ殺してくれ』と口走る人もいるほどです」
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これまで見てきたように肺炎にも様々な種類がある。高齢者がとりわけ注意すべき誤嚥性肺炎の場合、症状が出にくく発見が遅れる場合が多い。
だが、症状が出ないからと言って楽に死ねるとは限らない。いったん息切れが重症化すると、やはりその苦しさは想像以上のものになる。
「肺の機能が失われると、ちょっとした動作で息が上がったり、ふらついたりします。ベッドで安静にしていても、意識が混濁してくるので結局、人工呼吸器をつけることになります。
寝ているあいだも酸素マスクが必要になると身動きもとれず、もはや生きているのがつらいだけという状況に追い込まれる。
昏睡状態になれば本人の意識は遠のいているので苦しくはないのかもしれませんが、胸が激しく上下し、周りで見ている家族は気が休まりません」(都内総合病院勤務の内科医)

冒頭の栗原さんのように、長年の喫煙や生活習慣によって肺の機能が低下していても、自覚していないことが多い。
「肺が半分無くなっても、人は生きられます。しかし、それ以上失われると、ある時点で突然、呼吸困難に襲われるのです。実際、肺の状態がとても悪い人でも、発作が出る最後の最後まで気付かないものです」(前出の竜氏)
息が苦しくなる代表的な病に気管支喘息があるが、肺炎の苦しみはまた別種のもの。喘息は気管支の炎症によってもたらされるもので、薬剤で気管支を拡張させれば息苦しさは治まる。
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しかし、肺炎の場合は肺本体の病変で、肺胞という組織がやられてしまう。肺胞は酸素を取り込み、二酸化炭素を排出する呼吸の要の組織。
ここが機能しなくなると、いくら気管支を広げて新鮮な空気を肺に送り込んでも、身体に酸素は回らないので、息苦しさは一向に解消されない。

冒頭の栗原さんが語る。
「発作を起こして以来、肺炎でだけは死にたくないと思うようになりました。あの溺れ死ぬような時間が、ベッドの上で何日も続くと思うと本当に恐ろしい。
いまさら傷んでしまった肺機能は回復しませんが、それでもできるだけウォーキングなどの有酸素運動をして、肺の健康を維持できるように努力しています」
穏やかに息を引き取るというのは、本当に難しいことなのだ。
「昨年11月のことです。77歳だった母が38・5度の熱を出したので、かかりつけのクリニックに連れて行きました。インフルエンザA型と診断され、タミフルを5日分処方されました。
いったん高熱は下がったものの、身体のだるさが残っているようで、咳がなかなかやまず、痰がからんでつらいようでした。
しかし、タミフルは飲み切ったし、歳も歳だから回復が遅れているだけだろうと考えて病院には行かず、家で安静にしていた。その判断が誤りだったのです」
こう語るのは津山睦子さん(55歳、仮名)。実は津山さんの母は、インフルエンザから回復したとほぼ同時期に新しい菌に侵されていた。
「母は身体を動かすのが億劫なのか、外出はおろか、家の中でもほとんど動き回らなくなりました。念のためと思って熱を測ってみると、微熱がずっと続いている。
息切れもひどいようだからと、タミフルを飲み終わってから3週間ほど経って病院に連れて行きました。そこで初めて肺炎に感染しているとわかったのです」
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しかし、すっかり元気を失っていた津山さんの母親の症状は急激に悪化した。病院を訪れた1週間後には入院、そのまま2週間後には亡くなってしまった。
「まさかインフルエンザが治ったらすぐに肺炎になるなんて考えてもみませんでした。もっと早い段階で気付いてあげられたら、助かったかもしれないと思うと悔やんでも悔やみきれません」

インフルエンザと肺炎はまったく別の病気だ。しかし高齢になればなるほど関連性が高まってくる。いわゆる「二次感染」である。医師の吾妻安良太氏が語る。
「インフルエンザにかかったときの死亡率は60歳、70歳、80歳と年齢が上がるほど高くなります。気管支にはもともと細かい毛が生えていて、それが動いて痰や埃を体外に運び出す役割をしています。
これを線毛運動といいますが、インフルエンザにかかるとこのような運動機能が低下してしまう。それで菌が体内に入りやすくなり、肺炎を併発するのです」
インフルエンザのウイルス自体は肺炎の原因にはならないが、のどや気管に炎症を起こしたり、高熱で体力を失わせたりするため、著しく患者の免疫力を低下させる。
竜崇正医師が語る。
「インフルエンザ経由の肺炎は非常に多いですが、それでも近年、死亡者は減少傾向にあります。
死者が減った大きな理由は、インフルエンザの予防接種が広く行われるようになったことです。ワクチンというと、副作用が心配だと科学的根拠もなく否定したがる人がいますが、予防接種の恩恵は否定しようのない事実です」
加えて、近年とみに注目されているのが肺炎球菌ワクチンだ。肺炎球菌は、肺炎の原因となる細菌のなかでも最もポピュラーなもの。これを接種しておけば、仮にインフルエンザにかかっても、二次感染は防げる。
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もっとも、いくら減少傾向にあるとはいえ、高齢者にとってインフルエンザ→肺炎という流れが、命にかかわることに変わりはない。
体力が低下してきている70歳以上の人にとってみれば、インフルエンザは肺炎死の「引き金」といっても過言ではないのだ。事実、インフルエンザによる死者のほとんどは最終的に肺炎で亡くなっている。
インフルエンザから二次感染した肺炎は、重症化しやすい。とりわけ心臓や呼吸器に慢性疾患があったり、糖尿病や腎臓病を患ったりしている人は、二次感染しやすいので注意が必要だ。
65歳以上であれば、5年に1度、肺炎球菌ワクチンの定期接種を受けることができるので、かかりつけ医などに相談してみたらいい。

インフルエンザが流行するこれからの季節は手洗いやうがいなどの対策もバカにはできない。手をきちんと洗わなかったばかりに、二次感染してバッタリなんてあまりに残念な最後だ。
がんや心筋梗塞、脳卒中と違って、肺炎は防ごうと思えばかなりの確率で防げる病気。苦しんで死ぬのがいやなら、自らの身を守る対策はしっかりとっておこう。
週刊現代2019年12月28日・2020年1月4日合併号より