中国で多発している、コロナウイルスによる新型肺炎の患者が日本でも出始めた。政府は対応を急ぐが、中国が春節(旧正月)の大型連休で渡航者が増加することもあり、患者の入国を水際で完全に防ぐのは不可能だ。
感染が大規模に拡大すれば、インバウンド増加を政権の柱としてきた安倍政権にとって、予想もしなかったしっぺ返しとなる。
世界保健機構(WHO)によると、新型肺炎ウイルスに感染すると数日~12日ほどの潜伏期間ののち、発熱やせきなどの症状が現れる。重症化すると肺炎を引き起こし、死亡することもある。致死率は4%程度とされるが、正確な値やどの程度重症化しやすいかなどは、まだよくわかっていない。
中国の武漢市で患者が発見されて以降、中国全土に感染が拡大、25日時点で1287人の患者が出ており、41人が死亡した。日本でも24日までに、神奈川と東京で中国人の患者が3人発見されている。
これを受け、武漢市から日本への飛行機はすでに停止されたほか、日本政府も武漢市を含む中国・湖北省への渡航中止を勧告するなど、異常事態となっている。
24日から中国は春節(旧正月)の大型連休を迎える。中国政府は27日以降の海外への団体旅行を禁止すると発表したが、すでに日程を確定している個人旅行者も数多い。厚生労働省は23日、これまで武漢市と上海市からの渡航者に限定していた、体調不良の乗客に自己申告を促す「健康カード」について、香港を含む中国からの航空機全便を対象に配布すると発表した。空港での旅客のサーモグラフィー検査も続行する。
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ある自民議員は、日本の空港の水際検査体制について「とても防げるとは思えない」と悲観的だ。
「今の検査体制ははっきりいって、ほとんど無意味です。自己申告といっても、観光客は旅行したいからわざわざ日本行きの便に乗っているのであって、多少の体調不良があっても申告しない人も多いでしょう。
サーモグラフィーについても、潜伏期間中であれば体温に異常は出ませんから、完全には検知できない。健康カードの配布対象は1週間で約2000便ということですが、人が数十万単位で一気に動くわけですから、かなりの数の感染者が日本へ入ってくることになるでしょう。
厚労省は、今のところ確認できる死者数が少なく、2003年に大流行したSARSほどの危険性はないとみてこのような体制をとっているのでしょうが、もし国内で感染者が数百人単位に上った場合、政権の責任が問われる事態にもなりかねません」
検査体制をこれ以上厳格にできない背景には、中国の習近平国家主席の「国賓としての訪日」が今春に迫っていることも関係している。
日本政府が、これまで頼ってきた中国人観光客を急に「リスク」とみなして敬遠するようになれば、「わざわざ観光に来てやったのに、バイキン扱いか」と中国世論を刺激しかねない。習主席の歓迎ムードに水をさすことにもなる。東京オリンピックを控え、国際問題化することは避けたいという思惑が働いた。
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観光は安倍政権を支える重要政策であるだけに、インバウンド客を大きく減らすわけにもいかない。
日本政府観光局によると、2019年の訪日観光客は前年比2.2%増の3188万2000人で過去最高を記録した。特に中国からの観光客は959万4300人、14.5%増と好調で、韓国人観光客が日韓関係の悪化で25.9%減の558万4600人となったのに比べれば約2倍のスケールとなっている。
日本政府は節目となる今年、「訪日外国人観光客4000万人」を目標に掲げている。総数の約3分の1を占める中国人観光客の機嫌を損ねたくないのは、当然だと言える。
もとより、外国人観光客が増えるということは、今回のように日本国内での感染症リスクも増えることを意味する。いまや、中国でSARSが流行した2003年当時よりも人や物の流れは格段に速くなっている。当時は中国人観光客が44万8000人と、現在の20分の1に過ぎなかった。
インバウンドリスクの「序曲」はすでにあった。そのひとつは中国から日本へ流入したとみられる「豚コレラ」だ。
筆者が2019年2月の記事「感染拡大か…恐怖の『豚コレラ』が日本全土を襲う危険性」でも報じた通り、豚コレラのウイルスについて、農水省は「加熱が不十分な豚肉製品を観光客が持ち込み、それが捨てられて、野生イノシシが食べたことが感染ルートとして考えられる」との見方を示している。
つまり、中国人観光客が感染源を持ち込んだ可能性が高いのだ。すでに、より強力なアフリカ豚コレラのウイルスを含んだ食品も空港や港の検査で発見されており、日本国内への侵入は時間の問題といわれる。
さらに、外国人が数多く訪れる京都市では、バスを地元の日本人が利用できないなどの弊害が出ている。受け入れ態勢が不十分なまま、ひたすら4000万人という数値目標を追い求める日本政府の姿勢に、批判の声も出始めた。
これらの問題から指摘できるのは、安倍政権には、外国から数多くの人を招くリスクを現実的に見積もる視点が欠けているということだ。
もちろん、無根拠に「外国人は怖い」と排斥する動きは論外である。しかし日本人にはどうも、「悪いことは起こってほしくない」という願望が勝りすぎて、「いざ起こったらどうするか」を現実的に考えるのが苦手な傾向がある。「対策をとったら現実になってしまう」という信仰でもあるかのようだ。
「最悪の事態」を考えることさえ忌避するようでは、それが現実になった時、手も足も出ない。
この春節が明けて、国内感染が幸いにして広がらなかったとしても、まだ東京オリンピックが控えている。感染症対策の人材育成や法整備など、具体的な政策論議が急務だろう。