特殊詐欺「受け子」の元巡査公判に注目 全国警察を震撼させた「稲葉事件」の当事者が自戒を込めて指弾

全国の警察関係者がその行方を注視する裁判が現在、横浜地裁で開かれている。法廷に立つのは、つい先日まで神奈川県警第1交通機動隊の巡査だった男だ。問われた罪はあろうことか、自らが特殊詐欺グループに加わり、県内の高齢者からキャッシュカードを盗み取っていたというもの。しかも、犯行の動機はギャンブルで借金を抱えて首が回らなくなったからというから愕然(がくぜん)とする。この事態について、かつて自身が全国の警察関係者を震撼(しんかん)させた人物は…。
今月14日、横浜地裁405号法廷。昨年まで青い制服を身にまとい、パトカーに乗車していた元巡査で無職の蕪木紀哉(かぶらき・かずや)被告(24)=懲戒免職=は、上下黒色のスエット姿でうつろな表情を浮かべながら姿を現した。罪状認否で「間違いありません」と、か細い声で認めた起訴内容は、次のようなものだった。
スロットにはまり
昨年9月28日、蕪木被告は何者かと共謀のうえ、横須賀市の70代男性宅に「あなたの口座が不正に使用されている可能性がある。キャッシュカードの使用を停止する措置を行いますので、警察官を派遣します」などと嘘の電話をかけさせた。
直後、横須賀署の署員になりすました蕪木被告が男性宅を訪問。男性が目を離した隙に、3枚のカードが入った封筒を別の封筒にすり替えて盗み、その場を後にした。さらに10月7日には、全く同様の手口で、横須賀市内の別の男性からキャッシュカード2枚を盗み取っている。
県警によると、蕪木被告は平成25年4月に採用され、犯行当時は警察官人生7年目。そんな、人もうらやむ安定した公務員生活を狂わせたものは、スロットにはまって雪だるま式に増えた約300万円の借金だった。
闇サイトを通じて
窮した末に、蕪木被告は闇サイトを通じて知り合った特殊詐欺グループの「受け子」に身を落とす。犯行で引き出した金額の5%を、報酬として受け取っていたといい、取り調べに対し、「ほかにも6件ぐらいやった」とも供述。30日に新たに3件の窃盗罪で追起訴された。
これまでにたびたび繰り返されてきた「警察官の不祥事」。今回、産経新聞はかつて「当事者」となった人物にコンタクトを取った。
約20年前に北海道警で起こったその不祥事は、中心人物の名をとって通称「稲葉事件」と呼ばれる。刑期を終え、現在は札幌市内で探偵業「いなば探偵事務所」を開業する稲葉圭昭(よしあき)氏は、道警本部銃器対策室(当時)の元銃器犯罪2係長という経歴を持つ。
稲葉氏はのちに著書『恥さらし 北海道警 悪徳刑事の告白』(講談社)を発表しており、それによると事件のあらましはこうだ。
<巧みに暴力団員や裏社会の人物らを、「エス」(スパイ)と呼ばれる協力者に取り込みながら、稲葉氏は100丁を超える拳銃を押収するなど、銃器対策のエースとして道警内でその名を知らしめていく。しかし、次第に上層部から押収量を増やすよう、過大なノルマを課せられるようになり、違法捜査に関与。「エス」に見返りを与えるため、覚醒剤の密輸などにかかわることになる。
最後は自身も重度の薬物中毒に陥った末、14年に道警の現役警察官として初めて覚せい剤取締法違反の容疑で逮捕され、懲役9年の実刑判決を受けた>
元悪徳刑事も苦言
この衝撃的な内幕は、28年に俳優の綾野剛さんを主役に据え、「日本で一番悪い奴ら」のタイトルで映画化もされた。稲葉氏は、拳銃押収という至上命令のために、道を踏み外していった。
蕪木被告と同列に論じることには無理があるかもしれないが、稲葉氏に見解を求めたところ、「私がいえた義理じゃないけれど」と自戒を込めた前置きをしつつ、取材に応じてくれた。
--なぜ現職の警察官が特殊詐欺グループに関与したのか
「特殊詐欺というのは、検挙率が低い。警察官だからこそ『やっても捕まらない』と、なおさらそう思ったのではないか」
--蕪木被告は何度も犯行を繰り返していた
「悪いことに手を染めれば、後戻りできなくなる。自分もそうだったが、一度やったらタガが外れてしまうものです」
--警察官が犯罪に走るという心理は
「(警察官でも)倫理観がさっぱりなくなると見境がなくなる。手っ取り早く何とかしたいから、狙いやすい高齢者をターゲットにした犯罪に手を染めた。単純なことですよ。ただ…」
--ただ?
「私が道警にいた頃は特殊詐欺という犯罪自体がなかったし、高齢者をだましてお金を取ろうなんて、誰も考えもしませんでした。それを警察官がねえ…」
すねに傷を持つ稲葉氏もあきれる従来の警察官なら「考えもしない」行為。県警の巡査だった男がしたことは、つまりそういうことだといえるだろう。蕪木被告の次回公判は、2月17日に開かれる予定。