―[言論ストロングスタイル]―
総理大臣の権力とは何か。日銀人事に介入できることである。
昔は、政府が保有する金(きん)の上限までしか、お札を発行できなかった。金本位制である。この時代は、金融政策には、限界があった。それが今は変動相場制に移行している。政府の信用がある限り、無制限にお札を発行してよい。だから、現在は金融政策の役割は飛躍的に向上した。言ってしまえば、金融政策を司る日本銀行が、日本経済を握っていると言っても過言ではない。
その日本銀行の政策は、ほぼ月に1回開かれる政策決定会合で決められる。会合の参加者は、総裁1名、副総裁2名、審議委員6名の合計9人である。この9人が、事実上は日本経済を、ひいては日本の運命を左右している。身分保障は裁判官なみであり、犯罪でもやらない限り5年間クビになることはない。
3人の正副総裁は5年に1度一斉に入れ替わるが、6人の委員の任期切れはズレがある。任期切れのたびに総理大臣が意中の人物を国会に提示し、衆参両院の同意が得られたら承認される。これを国会同意人事と言う。他の事案と違い、衆議院の優越は無い。もし与党が参議院で過半数を持っていなければ、人事は通らない。そして政権は、飛ぶ。
現に2008年、参議院で多数を失っていた時の福田康夫内閣は、提示する総裁人事は否決され続け、1か月に及ぶ総裁空白に追い込まれ、遂には野党民主党が望む「白川方明総裁」を飲まされた。白川総裁はリーマンショックにおいて伝説的な無策を繰り広げ、日本人を地獄に叩き落した。大不況の中で総選挙に突入した自民党は歴史的大敗を喫し、民主党に政権を明け渡した。日銀人事は政治の天王山でもあるのだ。
この9人は、全員が対等の1票である。今の安倍内閣が長期政権を築けたのは、景気が回復軌道になるからである。単純化して言うと、黒田バズーカに端を発するアベノミクスで、政権当初から株価は爆上げ、景気は劇的な回復軌道に乗った。しかし、8%消費増税で一気に腰折れ、景気は劇的に急降下する。そこで黒田東彦総裁はバズーカ第二弾を放ち、その後は10%消費増税を延期したので景気の回復軌道は続いた。ハロウィン緩和と言われる。だが、黒田総裁がハロウィン緩和を政策決定会合に提案した時、5対4の薄氷の勝利だった。もしあの時、副総裁か委員のもう一人が反対に回っていたら、日本経済は即死していただろう。
これほどまでに、日銀人事は重要なのである。
さて、現在の政策決定会合は、常に7対2で割れている。アベノミクス維持が7、「生ぬるい! もっと景気回復策を採るべきだ!」と主張するのが2。その2は、片岡剛士委員と原田泰委員だ。その原田委員が任期切れで、安達誠司さんが後任として政府から提示された。片岡、原田、安達の三氏はいずれもリフレ派と呼ばれるエコノミストだ。
第一報が飛んできたとき、私は快哉を叫んだ。「安倍内閣にも最後の良心が残っていたか!」と。
安達さんは、私が主宰するインターネット番組チャンネルくららレギュラーで、毎週火曜日に「マーケットニュース」という番組で知見を披瀝してもらっている。ちなみに聞き手は、SPA!連載「ニュースディープスロート」でおなじみの、評論家の江崎道朗さんである。身内からの登用に、こればかりは安倍内閣の判断を全面的に支持しなければなるまい。
◆8月以降、日本人が地獄に叩き落される前に、打つ手は三つある。リフレ派増員、消費減税、政変だ
さて、この人事の意味するところは何か。当面は、日本経済の破局は防いだ。景気回復策の徹底を主張してきた原田委員の役割を安達委員が引き継ぐ。世の中にはリフレ派を苦々しく思っている人がいるので、現状維持かもしれないが、現状より後退するよりはマシだ。
このままいくと、消費増税の悪影響が顕在化するのは時間の問題で、オリンピックが終わる8月以降には地獄が訪れると想定されている。では、その前に打つ手は何か?
三つある。
一つは、日銀人事でさらなる勝利を積み重ねることである。子細に内情を見てみよう。
リフレ派が、片岡、原田(安達)委員に加え、若田部昌澄副総裁。
明らかに面従腹背の日銀プロパーが、雨宮正佳副総裁。
現状維持が、黒田総裁(財務省出身)とその他の4人。
正副総裁は財務省と日銀プロパーから一人ずつだが、その他の7人は、学識経験者と産業界の有識者から選ばれる。
今年6月30日には、布野幸利委員の任期が切れる。布野委員は前職がトヨタの重役で、産業界枠だ。普通は、産業界から後任を探す。後任の提示は今国会中の5月頃に行われる見通しだ。ここに、もう一人リフレ派を送り込むのが第一の策だ。
安達新委員は学者と思われているが、丸三証券調査部長である。「産業界枠」ではないか。ならば、布野委員の後任には「学者枠」を当てるべきだ。リフレ派には、日銀委員を引き受けても良いとする学者は、まだいる。名前をあげると迷惑をかけるので、ここでは言わないが。
それに成功すれば、現在は執行部として現状維持に賛成している若田部副総裁が、片岡委員らに乗れる。4票だ。これに黒田総裁が乗らなければ執行部割れだし、他の委員1人がついてくれば、現状以上の景気回復策を打てる。
ただし、日銀の政策には限界がある。消費増税の存在だ。当然、第二の策は、消費増税10%の撤回だ。少なくとも、5%までは減税しても良い。管理通貨制では、財政政策は金融緩和をしているときに、最も効果的だ。そして最も効果的な財政政策は、消費減税だ。
では、どうすれば可能か。それが第三の策、政変だ。
7年も政権を独占してきて何の実績もない、景気回復一つ満足にできない安倍内閣に期待するものは、何もない。我らが安達さんを推していただいてなんだが、それとこれは別だ。おそらく、安倍内閣に何かをやり遂げるエネルギーは残っていまい。
ならば、IRその他で満身創痍の安倍内閣に取って代わろうとする勢力がうごめいている。正直、安倍首相以上に期待できる人材は見当たらないが、何をすべきかを提示はしておく。
何が正論かわかっていなければ、正論が通ることは無いのだから。
【倉山 満】
憲政史研究家 ’73年、香川県生まれ。中央大学文学部史学科を卒業後、同大学院博士前期課程修了。在学中より国士舘大学日本政教研究所非常勤職員を務め、’15年まで日本国憲法を教える。現在、「倉山塾」塾長、ネット放送局「チャンネルくらら」などを主宰し、大日本帝国憲法や日本近現代史、政治外交について積極的に言論活動を行っている。ベストセラーになった『嘘だらけシリーズ』など著書多数。最新著書に『13歳からの「くにまもり」』
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