新型コロナウイルスによる国内ではじめての死者が出た。
神奈川県内に住む80代の女性で、2月13日に死亡したあと、ウイルス検査で陽性が確認された。この女性の義理の息子で東京都内の70代のタクシー運転手の男性にも、同時期に感染が確認されている。
さらに同日、和歌山県の50代の男性外科医と、千葉県の20代の男性にも感染が確認された。いずれも中国などの流行地域への滞在歴はない。
また、和歌山の男性医師の勤務する病院では、同僚の外科医や男性患者4人が肺炎を発症していて、うち1人は陰性だったが、この病院に入院歴のある70代の男性が翌14日になって感染していたことが判明している。
私は、2003年に猛威を振るった当時のSARS(重症急性呼吸器症候群)の現地取材と、現在の日本国内の状況から、すでに日本人の間に感染者がいてもおかしくはないと指摘していた(『クルーズ船集団感染に見る新型肺炎追加リスク』)。それが同時多発的に現実のものとなったいま、これはもはや、日本でアウトブレイク(突発的感染拡大)がはじまった、といえる。
SARSの場合、発生源の中国が終息傾向に向かうのと前後して、次に感染者が多かった香港、台湾と順次、アウトブレイクがはじまり、その流行地域が移行していった。
■都市型感染拡大のカウントダウン
新型コロナウイルスで、いま中国の次に感染者が多いのは、横浜港に停泊中のクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」の218人を含め252人の日本だ。ただ、日本政府は日本上陸前だとしてクルーズ船の感染者は「その他」に区分して日本国内の感染者は34人としている(2月13日時点)。
そのダイヤモンド・プリセンスに乗り込んだ50代の検疫官の男性が、同ウイルスに感染していることがわかったのは、11日のことだった。厚生労働省の幹部によると「検疫官が感染するなんて聞いたことがない」と語ったという報道もある。
しかし、こうした感染の報告は、日本政府が新型コロナウイルスに対して、”どれほど甘く身構えていたか”を表している証左だ。
日本政府は、その発生源とされる中国湖北省に加えて、13日から、浙江省に過去14日以内に滞在歴がある外国人や、同省で発行した中国旅券を所持する外国人の入国を拒否する措置をとった。同省の主要都市である温州市で移動制限措置が講じられるほどに感染が拡大していることが理由だった。
もはやこの措置も遅きに失している。というより”無意味”だった。
詐欺などで指名手配されていた中国人が、「マスクを買おうと日本に戻ってきた」ところを関西空港で逮捕されたという事件が12日に起きている。
私が知る範囲でも、東京都内のビジネスホテルには中国人旅行者がいまでも宿泊して、商店街のドラッグストアでマスクをまとめ買いしていく。それで国内のマスクが品薄になる。
中国国家衛生健康委員会が14日に発表した中国全土の感染者数は6万3851人、死者は1380人とされており、感染拡大の一途をたどっている。いわば”感染大国”である。そこからいまでも訪日客がやって来て、公共交通機関を利用し、ひょっとすると感染が確認されたタクシー運転手に感染させている可能性も否定できない。
■医療スタッフが感染者に追いつかないと起きること
今回のコロナウイルスは、致死率が低い、重症化することが少ない、と伝えられている。その点は本当だろうか。
連日のように感染者が増えていくダイヤモンド・プリンセスからは、指定医療機関に感染者が運ばれていく。それも関東だけでは足りず、長野県の医療機関にも収容されることになった。
国内での発症患者は感染の有無を問わず、最初に一般の医療機関を受診する。そこで医療関係者が新型コロナウイルスに接する。おそらくは、和歌山県の外科医のケースがこれにあたるだろう。そこへ他の疾患で訪れた患者も接することになる。さらなるアウトブレイクを呼び込んでいく。
専門の医療機関となっても、施設が足りないところへ、さらに医療スタッフの不足が重なれば、患者への十分な対応ができなくなる。
SARSの場合は、病院に収容しきれずに、出入り口脇の外に置かれたストレッチャーに患者が放置されていた。そこへマスクをしただけの家族が、点滴を持ちながら心配そうに佇む。
適切な処置が遅れれば、それだけ容体が悪化する。すなわち重症化して、ひどい場合には死に至る可能性もある。
湖北省武漢市で起きていることは、施設もスタッフも感染者に追いついていかない、この医療パニックのはずだ。重症化も死者の数も多い。
そもそもSARSでも、感染者の21%は医療関係者が占めてもっとも多かった。考えてみれば当たり前のことで、いくら厳重な防護服を身につけているとはいえ、患者を救うために自らウイルスに接触していかなければならない立場にある。細心の注意が必要になる。そこを怠れば、クルーズ船に乗り込んだ検疫官のように感染してしまう。
ところが、この防護服も負担になる。一度着て全身を包んでしまえば、処置が終わるまでトイレにも行けない。喉が渇いても、おいそれと水を飲むわけにもいかない。
いまの季節はそれほどではないにしても、これから気温が上がってくれば、暑さとも戦わなければならない。SARSで私が取材した北京の医療機関では、閉鎖された病室の中で看護師が暑さと疲労で倒れることも少なくなかった。ひどいときには脱水症状に陥る。
■日本でも中国のような人員動員はできるのか
「あ、彼女が昨日、倒れた子よ」
北京のある医療施設の裏口では、交替で医療活動を終えたスタッフが一斉に出てくる。圧倒的に若い女性が多い。彼女たちは防護服を脱ぎ捨てたとはいえ、同じ色柄模様のユニフォームを着て、待機しているバスに乗り込み、同じ宿泊施設に移動する。感染者が出ても封じ込められるようにしている。
そのバスの前で1人の看護師に内部の過酷な実情を聞いていたら、そこに通りかかった他の1人を指差して教えてくれた。ペットボトルの水を手にしたその顔には、ちょっと恥ずかしいという面持ちに、疲労の色が見てとれる。
それでもあの当時、こうした大量の人員動員ができたのも、あるいは今回の新型肺炎の蔓延で人口1100万人とされる武漢市を封鎖できたり、昼夜を問わずの突貫工事でわずか10日で新しい病院を同市に建設できたりするのも、中国だからだ。これが日本で、たとえば人口1300万人の東京を封鎖する、なんてことができるだろうか。人権を尊重すれば、人の移動を制限することもできない。
これまで、私はSARS蔓延当時の取材経験から、日本に新型コロナウイルスが上陸したあとの最悪のシナリオを指摘してきた。残念ながら、日本政府の水際対策は失敗したとしか言いようがない。SARSの教訓もまったく活かされていなかった。
そして、このあとに続くであろう出来事。予測が的外れで終われば幸いだが、いま一度、コロナウイルスとはどのようなものであるのか、個人が正しく認識して、できることの最善を尽くすことが必要になる。
青沼 陽一郎:作家・ジャーナリスト