【伊藤博敏】非難が噴出…「定年延長」東京高検検事長は官邸の期待を裏切れるのか 「腹黒川」の異名を持つが…

黒川弘務東京高検検事長が、検察庁法では認められない定年延長を国家公務員法で乗り越え、検事総長内定を手にしたことで、検察の内外から総スカンを食っている。
「官邸の代理人と呼ばれ、その政権との近さが批判され、総長レースから外れた人が、官邸人事で総長になる。そんな“仕掛け”を黙って受け入れるとは、どういう神経をしているのか。自分から身を退くという選択肢もある。そこまでして総長になりたいか、という話なんです」(ベテラン司法記者)
東京高検ウェブサイトより

だが、一方で黒川氏は、10年の大阪地検事件(証拠改ざんで特捜部長以下が逮捕起訴)で嵐のような検察批判が起き、検察改革に踏み切らざるを得なかった時、その類いまれなロビーイング能力を買われて「検察の在り方検討会議」を任され、政界に擦り寄って、小渕優子事件、甘利明事件などで政治家が起訴されないように便宜を図り、その見返りに司法取引や通信傍受の拡大を得て、新たな検察捜査の道筋をつけた功労者である。
庁のなかの官庁として絶大な権力を誇った頃の旧大蔵省で、「ワル」は優秀な官僚の代名詞だった。面従腹背で政治家の機嫌を取って、国家の役に立つと思う法案を通し、予算を得る。吉野良彦元大蔵次官は、「ワル野ワル彦」と呼ばれた。
黒川氏の異名も「腹黒川」である。「ワル」も「腹黒」も、そのしたたかさが国民の側を向いていれば許されるが、黒川氏の検事総長への思いは何なのか。
一般の国民は、国会で野党が攻撃、マスコミが批判の論陣を張る「定年延長問題」の背景と、それがもたらす意味はわからなくとも、黒川氏が2月8日の誕生日をもって迎える「63歳定年」を半年、延長したのは、安倍晋三政権がお得意の“横車”を押し、自分たちの意に添う検事総長を誕生させようと、怪しく企んでいることは感じられる。
検察庁は法務省の特別機関だが、「法務・検察」と総称される行政組織のトップを束ねるのは検事総長。検察・警察といった捜査権力を握る存在だけに、公正・中立でなければならず、ロッキード事件で失脚しつつも「数の力」で法務大臣人事を握った「闇将軍」の田中角栄元首相でさえ、検事総長人事にだけは手を出さず、検察の内部決定に委ねた。
菅義偉官房長官率いる官邸が、露骨に検事総長人事をイジったのは、検察捜査への怯えと怒りからである。

昨年12月、東京地検特捜部はカジノを含む統合型リゾート(IR)に職務権限のある秋元司元国交省副大臣兼内閣府副大臣が、中国企業から賄賂を受け取ったとして逮捕。検察はさらに自民党攻撃の手を休めず、菅原一秀前経済産業相と河井克行前法相と妻の河井案里参院議員の公職選挙法違反容疑の捜査に乗り出した。
これが引き金となって官邸は、「法解釈」で黒川氏の定年延長を決め、法務・検察に「人事権を持つのは我々だ」と、権力を誇示した。
河井案里氏は、第一次安倍政権後、安倍氏を「過去の人」呼ばわりした対立候補の溝手顕正元防災担当相に対して、昨夏の参院選で安倍氏が送り込んだ「刺客」であり、だから1億5000万円という途方もない軍資金を渡した。
一方、河井克行氏は、菅氏を囲む「向日葵の会」の代表で、昨年9月に行われた内閣改造で、同じく菅氏を囲む「令和の会」の代表の菅原一秀氏とともに、「ポスト安倍」を狙う菅氏が仕掛けた閣僚人事だった。
「安倍一強」は、折れない安倍氏を、根回し上手な菅氏が黒衣として支えることで成り立っていたが、最近は首相への野心を持つ菅氏に安倍氏が警戒感を強め、ギクシャクしていた。だが、1月15日、広島地検が強制捜査に着手した河井夫妻の事件では意見の一致を見た。
カジノ事件や「桜を見る会」で国会が揺れている最中に、急がなくてもいい河井事件に着手するとは何事か――。

中央政界の政治家が絡む案件は、検事総長の了解が必要となる。安倍、菅両氏に、ゴーサインを出した稲田伸夫検事総長への不信が生まれる。それは、昨年来、退任を迫った政権への稲田検察の意趣返しとも思えた。
「官邸は、黒川検事総長を画策、辻裕教法務事務次官を通じて、稲田氏に退任を迫っていた。しかし、4月に京都で行われる5年に一度の国連犯罪防止刑事司法会議(京都コングレス)を仕切りたい稲田氏は、聞く耳を持たなかった。また、林(真琴名古屋高検検事長)氏に総長ポストを譲る考えの稲田氏は、総長人事を政治に渡さないためにも突っ張らねばならなかった。河井事件の着手にはそんな稲田氏の意志表示があり、官邸がそれを見抜いた」(検察関係者)
定年延長という奇策はそこで生まれたが、黒川氏はひとりひとりが検察権を行使する「独任制官庁」であるがゆえに「検察一体の原則」が求められる組織の首脳として、自ら身を退くという選択肢もあったはずハズである。実際、退職しても、弁護士として引く手数多だった。
だが、黒川氏は「官邸戦略」に乗って総長を目指す。そこにあるのは、同じ司法修習35期の双璧ながら、「プリンス」として育てられ、汚れ仕事に携わることなくトップに上り詰めようとした林氏に対する嫉妬だろう。
確かに、二度、三度と官邸や法相から横やりを入れられ、順調な総長コースを歩めなかった林氏が、今回、棚ぼたで総長ポストが転がり込んでくるのを待ち受け、2月に黒川氏の後を受けて、ナンバー2の東京高検検事長に座るつもりで、気の早い連中の「転任祝賀挨拶」を受けていたというのだからノー天気に過ぎる。

今後も官邸圧力を受け続ける法務・検察の主としては、黒川氏の方が優れているのかも知れない。だが、トップに座ったとき、「官邸の代理人」のままでは「権力の監視役」という本来の役割を失い、健全な国家秩序運営の土台が揺らぐ。
今後、問われるのは、「腹黒」を政界の方に向けられるかという黒川氏の覚悟である。