東京都で新型コロナウイルスの感染者が28人(21日現在)に上り、半数ほどは都内の個人タクシー組合が屋形船で開いた新年会から広まったとみられている。この屋形船の運営会社は、毎日新聞の取材に応じ「どこで感染が起きてもおかしくないのに屋形船が悪者にされる」と訴える。都内の屋形船はイメージダウンなどによって予約キャンセルが殺到。経営が傾いている家族経営の業者もあるという。東京を代表する文化の一つが窮地に陥っている。【森健太郎】
2月中旬の昼過ぎ。明かりの消えた屋形船のわきで、マスク姿の従業員が桟橋を修理していた。この屋形船から感染者が出たため、従業員に衛生管理の講習を受けさせたり、船の消毒を徹底したりと対応に追われることになった。1週間近く営業を自粛しているが、予約のキャンセルが相次いでいるため、再開のめどは立っていない。
「火中の栗を拾ったようなものだ。たまたま感染者が乗っていたのがうちの船だっただけ。屋形船が『ばい菌呼ばわり』されるのは本当につらい」。運営会社のおかみは声を落とした。
1月18日夕。個人タクシー組合支部の運転手とその家族ら約70人と、従業員16人を乗せた屋形船は、この桟橋を出てレインボーブリッジなどの夜景が楽しめる人気スポットのお台場周辺へ向かった。
雨で窓は閉めていたが、天井にある複数の換気扇は作動。掘りごたつの席が2列あり、一つのテーブルを6~8人で囲んだ。刺し身の舟盛りや天ぷらの盛り合わせが並び、マイクを手にカラオケに興じる姿も。定員は約120人。すし詰め状態ではなかったという。
20日になり、接客していた70代の男性アルバイトがだるさを感じて職場を早退。医療機関を受診したが、感染は分からなかった。自宅で4日間休んでも良くならず、入院。屋形船に乗っていた運転手1人の感染が2月13日に判明し、男性もウイルス検査をしたところ、14日にようやく感染が分かった。
男性は1月15日に中国人の団体客約60人を乗せた別の屋形船で接客し、そこに武漢市からの旅行客が数人いた。ただ、おかみは「武漢のお客に症状はなかったと聞いた。本当に屋形船が感染源なのか」と主張する。
都が14日、感染した運転手が屋形船に乗っていたと公表すると、予約のキャンセルが相次ぐ。結局、この船に絡む感染者は計17人に上った。脅迫めいた手紙も届いた。おかみたちは、感染が分かった従業員が接客した100人以上の客に、一人ずつおわびの電話を入れた。東日本大震災直後よりも売り上げの減少は大きいといい、「事態が長引けば死活問題だ。でもこんな時だからこそ、予約を入れてくれる常連客もいる」と目を潤ませた。
都内36業者が加盟する屋形船東京都協同組合(台東区)によると、横浜港に停泊するクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」の集団感染判明後、シーズン直前の花見客らの予約キャンセルが殺到。2月の予約はほぼなくなった。例年、花見時期と7~9月で年間売り上げの半分以上を占め、担当者は「これから書き入れ時なのに、お客に忌避感が強い。一刻も早い収束を祈るしかない」と話す。
追い打ちをかけるのが開幕まで半年を切った東京五輪・パラリンピックだ。東京湾の定番コースとなっている「お台場海浜公園」周辺では7~9月、週末の夜を中心に50~60隻が停泊している。しかし大会時にトライアスロン会場となり、その前後の6月21日~9月20日の3カ月間、屋形船は運航できなくなる。
協同組合の高橋呂美(ろみ)事務局長は「屋形船に乗ること自体が危ないような印象を抱かれてしまっている」と風評被害を懸念する。隻数の少ない家族経営の零細業者からは、融資の相談や「安全宣言」を求める声が上がっている。都福祉保健局も、感染拡大の一因として「屋形船の閉鎖された狭い空間」があったと指摘しつつも、「特定の乗り物が悪いわけではない」と強調する。