裁判官という仕事は、小学生でも知っています。なのに、実際にはとても目立たない存在です。
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裁判官の顔と名前を、たったひとりでも一致させた状態で知っている日本国民は、ほとんどいません。三権の一角である司法権のトップ、最高裁判所の長官すら、ビックリするぐらい知られていません。国民のうち1万人に1人でもご存知なら、上出来ではないでしょうか。
政治家や起業家などと比べると、それぐらい極めて地味な存在です。では、裁判官が取るに足らない存在かというと、それは絶対に否定しなければなりません。
もし、政治や経済の世界が「社会の上水道」だとしたら、裁判所は「社会の下水道」というべきでしょうか。
裁判は人知れず、法律トラブルや犯罪などの汚れた「下水」を洗い、上水道へ戻していく最初のきっかけとして、重要な役割を担っています。政治や経済に比べると、マスコミもそこまで詳しく報じない地味な仕事といえるのでしょう。
この「下水道」が十分機能しなければ、「下水」が「下水」のまま社会へ溢れ出して、大変なことになってしまいます。
とはいえ、ほとんどの裁判官は、裁く件数の「ノルマ」をこなすのに必死なのが現実。裁いた後に被告人がどうなろうと、はっきり言って知ったこっちゃありません。
そんな「裁きっぱなしの裁判官」の多くが、最高裁判所の人事局に認められて順当に出世していけるシステムです。
担当した被告人のうち、どれほどの割合で犯罪から手を洗って立ち直れたかどうかは、裁判官に対する人事評価の点数に一切カウントされないからです。よって、裁判官の多くは、被告人の更生に向けて積極的に関わろうとする意欲が薄いのです。
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そんな中、法廷で被告人の話を正面から受け止め、被告人の将来のために、率直な気持ちを丁寧に、自分の言葉で語りかける裁判官がいます。
たとえ、「世間知らずのくせに、高いところから偉そうに語るな」などと批判されようとも、「人を裁く人」としての重責を胸に秘めて、目の前の被告人にとって大切なことを改めて気づかせ、科された刑罰を納得させ、再犯を防ぐためのきっかけを作り、ひいては世の中の平和を守ろうとしている裁判官がいます。
ただ「社会の下水道」での出来事ですから、世間でもあまり知られていません。
そこで、裁判や法律に関して専門に取材してきた私の立場から、皆さんへお伝えさせてください。
たとえば、このような裁判が実際にありました。2006年夏、京都地方裁判所での出来事です。
「たしかに、ぼくは母を殺しました」
50代の男は、検察官からの質問に淡々とした口調で答えています。
「ですが、一日でも長く、母と一緒に暮らしたかった……。その気持ちにも偽りはありません」「許されないでしょうが、できることなら、また母の子として生まれ変わりたい。今は本当にそう思います」
男の話を聴きながら、壇上の東尾龍一裁判官は目を赤くし、涙を拭うしぐさを見せます。
凍えるほど寒い早朝、男は自宅近くの川のほとりで、実母の首を絞めて殺害したとして、逮捕されました。
警察の取調べで、男は心中を図り、母も殺害されることを受け入れていたとわかり、「承諾殺人」という罪で起訴されたのです。
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基本的に、被害者が犯罪を受け入れ、承諾していれば、その加害者を処罰できません。
ただ、他人を死に至らしめる殺人という犯罪は、もたらされる結果があまりにも悲惨で、どんな事情があれ許されないのも事実です。そのため、たとえ被害者の承諾があっても、処罰の対象となります。ただし、殺人罪よりも刑罰は軽くなります。承諾殺人罪の最高刑は、懲役7年です。
男は10年以上にわたって、母とふたり暮らしを続けてきました。織物職人だった父は、すでに亡くなっています。
母は生前、要介護3のアルツハイマー型認知症にかかっていて、昼夜を問わず、徘徊を繰り返していました。そのたびに、ご近所の方や警察官が居場所を突き止めて、連れ戻してくれていたのです。
「これ以上、他人様に迷惑をかけられない」と、男は工場勤務の仕事を辞めて、母の介護に専念することにしました。
しかし、男の収入源が絶たれたことで、母の年金だけでふたりの生活費をまかなっていたのです。
役所で生活保護を申し込むも、「あなた、働けるでしょ」と、あっさり断られてしまいます。生活保護の不正受給問題がマスコミで頻繁に採り上げられていた頃だけに、申請してきた住民に対し、役所の職員らは特に警戒していたのでしょう。
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男はカードローンを申し込むも、毎月のように生活費が足りなくなり、繰り返し借り入れているうちに、すぐに限度額に達しました。
自宅アパートの大家である親戚には、特別に家賃を半額にしてもらっていたので、「これ以上、迷惑をかけられない」と、助けを求められませんでした。
介護保険が使えるデイケアやデイサービスも、自己負担分があるため、無料で利用できるわけではありません。
ついにふたりは、ほぼ引きこもり状態となり、昼間にもカーテンを閉め切ったままで静かに暮らすようになっていました。
ケアマネージャー(介護支援専門員)が訪問してきても、男は居留守を使ってコミュニケーションを絶っていました。
どうやらケアマネージャーの対応に対して、不信感を募らせていたようです。自分の食事を2日に1回に切り詰めてまで、男は母の食事を優先し、介護を続けていたのです。
1月末、いよいよ家賃が払えなくなった男は、母を連れて繁華街へ繰り出します。
これが「最後」の親孝行のつもりでした。笑顔ではしゃぐ母を見るのは久しぶりでした。日が暮れて、帰りの電車に乗りこみますが、もう自宅へは戻れません。
川のほとりに座ったまま、ふたりは夜を明かします。盆地の中にある京都の冬の朝は、非常に冷え込みます。白い息を吐きながら、息子は覚悟を決めて、母に告げました。
「もう生きられへん。ここで終わりやで」
母は「そうか、あかんか」と、静かにつぶやいたといいます。
「他人様に迷惑をかけない」という、日本人の美徳が皮肉にも、ふたりをここまで追い詰めてしまったのかもしれません。
東尾龍一裁判官は、判決の言い渡しで特別に温情をかけ、懲役刑に執行猶予を付けました。
「母は、被告人に感謝こそすれ、決して恨みなど抱いておらず、今後は幸せな人生を歩んでいける事を望んでいるであろうと推察される」と理由を説明した後、男に対して、こう述べています。
「この裁判は、あなただけが裁かれているのではありません。社会全体のあり方が問われています」
さらに東尾裁判官は、法廷から現代日本社会へ向けて、高らかに問題提起をしました。
「介護保険や生活保護行政のあり方も問われています。こうして事件に発展した以上、どう対応すべきだったのか、行政の関係者は考え直す余地があります」
日本は超高齢化社会を迎え、今では日本人の約20人に1人が要介護者となっています。
「介護する」「介護される」といった課題は、誰ひとりとして無縁でいられなくなりました。
最近になってようやく「介護離職防止」のスローガンが世の中に浸透してきました。家族を介護するために社員が辞職せざるをえない状況をつくらないよう、各企業が配慮しなければなりません。
介護をプロに一任するのもひとつの選択肢ですが、特別養護老人ホームや介護付き有料老人ホームなどに入居しようとすれば、多額の費用がかかります。
家族に要介護者が出ていない段階から、介護問題への備えを進めておくべき時代に入っているのでしょう。いざというときに「他人を頼れる」よう、普段から濃い人間関係を作っていくのか、それとも「他人を頼らなくても済む」よう、普段から貯蓄に励んでいくのか。あなたはどうしますか。
この事件の被告人は、理解のある社長の会社に雇われ、懸命に人生をやり直そうとしましたが、判決から約8年後、無念にも琵琶湖に自ら身を投げています。この悲痛な事件を、将来の日本社会の希望へと変えていかなければならない。そう、切に願います。
(本稿は2月20日刊行『裁判長の沁みる説諭』をもとに再構成)