世界最高齢男性、113歳目前に死去 家族「大大大大往生」

113歳の誕生日(3月5日)が目前だった。12日に英ギネス・ワールド・レコーズ社から世界最高齢男性に認定されたばかりの新潟県上越市の渡辺智哲(ちてつ)さんが23日深夜、老衰のため入所先の介護老人保健施設、保倉の里で112歳で死去した。家族は「大大大大往生だった」と話した。【浅見茂晴】
渡辺さんは12日、入所していた同市浦川原区の保倉の里で、同社から公式認定証が手渡されると、「おめでとー」と受け取り、ガッツポーズ。家族から贈られたケーキに舌鼓を打ち、前もって自らしたためた「世界一」の書とともに記念撮影に収まるなど、元気な様子だった。保倉の里の高波進事務局長によると、渡辺さんは、その晩、世界一になったことがうれしかったらしく、なかなか寝付けなかったという。
長男の妻洋子さん(81)によると、その後、食事がとれなくなり、点滴を受けていた。21日ごろから発熱があり、息が荒くなっていたという。体調に波があったものの、その都度持ち直した。
体調が悪いとの医師からの連絡を受けて23日午後2時ごろ、洋子さんら家族が駆け付けた。「おじいちゃん大丈夫、がんばろうね」「春になったら山菜を採りに行こうね」などと声を掛けると、目を開けて「うん、うん」と答えていたという。亡くなったのは23日午後11時10分だった。「顔はつやつやして、眠っているようだった」という。
渡辺さんは、長寿を研究する大学の研究者の求めに応じて、105歳から血圧や心電図を図るなど年1回の健康診断を受けて、研究のための献体にも107歳で同意していたという。「死んでまで、お役に立てれば本望です」と、自分でサインした。洋子さんはその姿をそばで見ていた。「思い残すこともなく、理想の死に方だった」と振り返った。
渡辺さんは1907(明治40)年3月5日、旧浦川原村(現上越市)生まれ。県立高田農学校を卒業後、製糖会社の台湾工場に勤務。現地では、軍隊に召集され通信兵として従軍した。終戦後は台湾で生まれた4人の子どもを連れて地元に引き揚げた。食糧事情が悪く、「大変だった」と話していたという。その後、県職員になり、定年後は農業に従事した。5人の子どもに孫12人、ひ孫16人、やしゃごが1人いる。自宅では、公式認定証や渡辺さんが書いた「世界一」の書が拡大され、祭壇近くに飾られた。
渡辺さんは県内最高齢者でもあった。県によると、新しい県内最高齢は村上市布部の本間キクヨさん(109)になる。