千葉県野田市で昨年1月、小学4年の栗原心愛(みあ)さん=当時(10)=を虐待して死亡させたとして傷害致死罪などに問われた父親の勇一郎被告(42)の裁判員裁判。昼休憩を挟み、事件の核心部分となる傷害致死罪についての弁護側の被告人質問が続いた。同罪について勇一郎被告は初公判で「罪は争わない」と述べる一方「(心愛さんを)飢餓状態にしたりストレスを与えて衰弱させたりしたことは一度もない」などと暴行の内容を一部否定していたが、「虐待だった」と率直に認めた。
傷害致死事件は昨年1月22~24日に発生。心愛さんに食事を与えずリビングや浴室に立たせ続けたり、冷水を浴びせるなどして死亡させたとされる。
正月休みを経て昨年1月7日から出勤し始めた勇一郎被告は、同日から心愛さんを登校させず、虐待を加えていたとされる。勇一郎被告は、寝室から出さないように指示したかと問われ「ありません」と否定した。
その後、勇一郎被告は22日にインフルエンザにかかり自宅で療養。心愛さんは同日、夕飯を食べた後、午後10時前後に1時間ほどリビングで立たされていたという。
勇一郎被告は当初、その様子を見ていたが、たばこを吸うためいったんその場を離れ、戻ってくると心愛さんはストーブの前で寝ていた。勇一郎被告が起こすと再び立っていたという。約30分後には再びストーブの前で寝ていたが「今度は起こすことなく、毛布をかけて自身も就寝した」と話した。
勇一郎被告は23日にも勉強の態度をめぐり注意した上で「廊下に立っていろ」と叱責。ほかにもリビングに入る際「失礼します」と挨拶するという決まりにしていたのに「失礼しまーす」と軽い感じで言った心愛さんに対し、「注意をした」と説明。ただ「何度もお辞儀をし直させたということはない」と話した。
当時、心愛さんは度重なる虐待行為で飢餓状態にあったとされる。妻が心愛さんに「食事をつくろうとすると(勇一郎被告に)止められるのでつくらなかった」と証言していることについて、弁護側が「そのような気持ちはあったか」と聞くと「全くありません」と否定した。
裁判長が、実際に妻が心愛さんのために食事をつくるのを止めたことがあるかを聞くよう弁護人を促したが、弁護人が別の質問に移ろうとしたため、裁判長が直接質問する一幕も。勇一郎被告は「一度もありません」とはっきりと答えた。
勇一郎被告は、23日夜に心愛さんが脱衣所で失禁した際の様子について「脱衣所を片付けて(心愛さんに)『なんでそんなことするんだ。どうするんだ』と聞くと『(翌)朝の6時まで立っています』と答えた」などと説明。
さらに「『本当に立てるのか』と聞くと『(翌朝)8時まで立っています』と応じたため、『立っておけ』と指示した」と話した。その後、心愛さんは一時眠ったりもしたが、最終的に就寝したのは24日午前3時ごろだったという。
24日午後には、失禁した心愛さんが反省の態度を見せなかったことから「廊下から風呂場に引っ張って連れていき、水をかけた」という勇一郎被告。その際、心愛さんの様子がどうだったかを問われ下を向いて声を上げて泣きながら、「首を振って嫌がっていました。何度も出ようとしていたのに私が手を引っ張ったり、押さえつけて水をかけようとした」と認めた。
その後、心愛さんが暴れなくなったためシャワーを止めると「心愛が座るようにしてストンと落ちた」。その後約5分間、抱きかかえてゆすったり、シャワーで温水をかけ続けたという。
終始泣きながら弁護人の質問に答えていく勇一郎被告。質問は、暴行や虐待への認識について話が及んだ。
殴ったり蹴ったりしたことについては「ありません」と否定。押さえつけたりしたことについては「当時は暴行だと思っていなかった」としたが、今の認識を問われると「暴行です。虐待です。大好きな自分の娘に長い時間たたせたり、屈伸をやらせる必要は全くありませんでした」と話した。
本格的な虐待が始まったのは、平成30年7月ごろだとされる。なぜ虐待に及んだのかと問われると「心愛が言ったことは最後までやらせないとという理由で虐待した。やりすぎだという気持ちを止めることができなかった」
心愛さんの動画を撮影した理由については「なぜ心愛が大声で騒ぐのかわからなかったので、病院に連れて行こうと考え、状況を知りたいという話があったときに見せようと思ったのが始まり。心愛に『誰かに見せるぞ』と言うと、ピタッとやめることがあって、続けていた」と述べた。
自身の性格について「きっちりとやらないと気が済まない」と分析し「子供を育てるのが思い通りに行かないのが許せなかったのか」と問われると「最初からそういう気持ちを持っていたことはないが、虐待といわれる期間を振り返ると、そのように思っていたと思う」と話した。
学校や児童相談所に対する自身の行動について「支配欲求の強さからそうした行動をとったのか」と聞かれると「今になってそう言われると、そうとしか言えない」とした上で「(児相に事件の責任は)ありません」とした。
有罪判決を受け、刑務所に入る場合について問われた際には「心愛に…。心愛に…。謝らせて、もらえるように…。自分に、できる、償いをその日、その日、一生懸命行いながら、生活をしていきたい」とおえつを漏らし、何度も詰まりながら、遅すぎる後悔の弁を口にした。
一方で、弁護側から最後に妻との関係について聞かれると、「離婚するつもりです」と低い声できっぱりと答えた。
弁護側の被告人質問はここで終了。休憩をはさみ、検察側の質問に移る。