「抵抗などできない」実父から性暴力…今も消えない記憶 女性の訴え

「小学生の頃、実父から性的虐待を受けた。今も当時の記憶が思いがけないときによみがえる」。福岡県内の50代女性Aさんがつづった手紙が「あなたの特命取材班」に寄せられた。名古屋地裁岡崎支部は昨年3月、実の娘に性的暴行を加えたとして準強制性交罪に問われた父親に対し、娘が抵抗できない「抗拒不能」の状態だったとするには合理的な疑いが残ると判断し、無罪とした。今月12日、名古屋高裁で言い渡される控訴審判決を前に、Aさんは「生活の全てを頼る親からの性暴力に、子どもは抵抗などできないと知ってほしい」と訴える。
機嫌がころころ変わる父だった。朝晩のあいさつをしなかったり、態度が気に入らなかったりすると「何だ」とAさんを怒鳴った。気が済むまで頬をたたき、体を蹴る。通知表の評価が一つ下がれば「おまえはばかだ」とののしる。母が止めに入ることはなく、暴行が終わるまで耐えた。
ある晩、食事を終えて子ども部屋に戻り、ベッドに横になった。父は部屋に入るなり、Aさんに覆いかぶさった。笑みを浮かべ、無理やりキスをした。「どれくらい大きくなったやろか」。胸や下半身を触られる。力の限り抵抗しても、振り払えなかった。
部屋に近づいてくる足音、ドアノブを回す音。行為は何度も繰り返されたが誰にも言わなかった。小学校中学年で、されていることの意味が分からなかった。「逃げてもこの家以外に行く場所はない」。父からのあらゆる暴力を頭の中から消すことで、身を守ろうとした。行為が何年続いたか、記憶はあいまいだ。
50代になり家庭環境に関する本を読む中で、父の行為が性的虐待だったと気付く。既に父は病死。身勝手な振る舞いを憎んでも、感情をぶつける先は無い。3年前、母に打ち明けると「何で早く言わなかったの」ととがめられ「一番守ってほしい人に守ってもらえなかった」と失望した。父の遺影を見ることもできなくなり、人影の幻覚や幻聴の症状が出た。
性交など子どもに性的虐待を加えて、なぜ無罪なのか-。岡崎支部判決は、同時期に続いた性被害を巡る無罪判決と合わせ、全国に波紋を広げた。性暴力をなくそうという運動や、刑法改正を求める動きのきっかけとなった。
岡崎支部の判決は、19歳の娘の意に反し、父親としての立場を利用し、中学2年ごろからの性的虐待を通じ娘を精神的支配下に置いていた、と判断しながらも「性交に応じるほか選択肢が一切なかったと思い込む場合には当たらない」と結論付けた。
親による性的虐待に、いったい子どもがどれだけあらがえるのか。控訴審で検察側証人として出廷した精神科医の小西聖子武蔵野大教授は「長年の性的虐待により、諦めや無力感から抵抗できない心理状態になっていた」と証言した。Aさんも「親の支配に背いて抵抗する力は、子どもには無いに等しい」と振り返る。
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こうした課題は以前から認識され、2017年、刑法の性犯罪規定が110年ぶりに改正された。親など「監護者」による性交罪とわいせつ罪が新設され、被害者が18歳未満であれば暴行や脅迫がなくても、性的虐待を罰することができるようになった。
ただ、監護者は実親や養親などとされ、親族や父母の交際相手などは対象となるかあいまいだ。岡崎支部の事件のように、被害者が18歳以上だと適用されない。
改正法の付則には、施行3年後(今年7月)の見直し規定があり、改正を求める動きが加速している。
性暴力被害者らでつくる団体「Spring」など3団体は、昨年4月から署名活動をしている。「抗拒不能」などの要件撤廃▽監護者性交罪の適用を18歳以上に拡大-など主張し、賛同は8万筆を超えた。要望項目には、13歳という各国より低い「性交同意年齢」の引き上げも盛り込む。同意年齢が引き上げられれば、その年齢未満では、加害者が監護者であろうとなかろうと、暴行や脅迫がなくても刑法で罪に問える。
自民党有志の女性議員連盟も2月、性暴力事件の無罪判決が相次いだことで「国民の司法に対する不信が高まっている」とし、監護者の対象拡大や性犯罪の時効撤廃などを求める要望書を法相に提出した。法務省のワーキンググループは、刑法や被害者支援の課題などを今春までにまとめる方針だ。 (国崎万智)