新型コロナウイルス感染拡大防止のため中止が決まった政府主催の東日本大震災9周年追悼式。被災者らの声を全国に届ける機会が一つ減ったが、遺族や支援をする人は今後、どのように「震災」を伝えようとしているのか。
震災後、岩手県外からボランティアの医師や僧侶を受け入れてきた釜石市の高野山真言宗・駒木山不動寺。住職補佐の森脇妙紀さん(57)は毎月11日、海岸線や遺体が置かれた場所で犠牲者への「歩き供養」を続けている。
毎回、すがるように駆け寄って来る人がいる。「なぜ助けてやれなかったのか、どうして自分だけ生き残ったのか」と打ち明けられ、森脇さんは「苦しみや悲しみが現在進行形で続いている」と感じる。追悼式などで語られる遺族メッセージは「震災の教訓や、全国で相次ぐ災害への備えを我がこととして考える機会」と捉える。
震災10年を迎える来年で政府主催追悼式は最後となることが検討されているが、沖縄や広島、長崎のように追悼行事を続け、国は震災を伝えていくべきだと訴える。
森脇さんはこれからも歩き供養や、遍路方式で犠牲者を供養する「新四国八十八カ所・釜石霊場」の再興を進める考えだ。
改めて追悼式を
お盆に延期された大槌町追悼式で「遺族代表のあいさつ」をする会社員、倉堀康さん(36)は「災害への備えと、自然への畏敬(いけい)の念を国全体に伝える機会だった。感染リスクが減った時に、国は改めて今年の追悼式を開くべきだ」と訴える。
父年生さん(当時61歳)、母睦子さん(同59歳)が犠牲になり、元町福祉課職員の兄健さん(同30歳)は行方不明のままだ。
兄が災害対策本部業務に従事した旧役場庁舎は昨春、解体された。その過程を記録した倉堀さんは「更地になった場所で、何が起きたのかを伝えたい」と昨年、東京や仙台などの写真展に参加した。11日は町内の寺の墓前に花を供え、旧庁舎や自宅跡地で写真を撮影しながら家族を弔う。【中尾卓英】