観光客激減「震災並みの大打撃」で露呈した日本のインバウンドの弱点 新型コロナとクルーズ・ビジネスの死角

3月上旬、江戸時代の宿場町の風情が残る長野県南木曽町の妻籠宿から岐阜県中津川市の馬籠宿を結ぶ旧中山道を歩いた。年間を通じて「日本人より外国人が多い」といわれる国内有数のインバウンドの聖地。訪れる大半は欧米人である。
ところが、梅の花も咲き出すこの時期、例年ならすでに多くの外国人ウォーカーの姿が見られる街道には、彼らの姿は少なかった。「この時期、8割以上は外国人」と話す地元の人たちは、マスク姿で「コロナウイルスのせい」と困惑を隠せない様子だった。
平時は「欧米人のほうが日本人より多い」といわれる旧中山道・妻籠宿も閑散としている(筆者撮影)
新型コロナウイルス被災で日本を訪れる外国人が減っているようだ。中国人や韓国人だけではない。2011年の東日本大震災時に匹敵する事態が起きていることが考えられる。
この1ヵ月、日本における新型コロナウイルスの最大の感染源とみなされた、クルーズ客船をめぐる報道がメディアにあふれた。皮肉な話だが、これほど日本でクルーズ客船と乗客の事情がこと細かく話題になったのは、初めてのことだったろう。

おかげで我々は多くのことを知ることになった。外資系クルーズ会社プリンセス・クルーズが運航し、日本各地を発着する豪華客船「ダイヤモンド・プリンセス」に、これほど多国籍の乗客がいたことである。
クルーズ客船の航行ルートもそうだ。「初春の東南アジア大航海16日間」と銘打たれた横浜発着のクルーズ旅行は、1月20日に横浜を出港。22日鹿児島、25日香港、27日、28日ベトナム、31日台湾、2月1日那覇と、東シナ海を周遊して4日に横浜に帰港するはずだった。
ところが、1月20日に横浜から乗船し、25日に香港で下船した80歳の香港男性が新型コロナウイルスによる肺炎と判明したため、1日早い3日に帰港。同男性の移動経路として、1月10日香港から中国本土へ入った後、17日に飛行機で日本に来て、20日に同船に乗ったこともわかった。
クルーズ旅行にはふたつのスタイルがある。日本の港を出航し、同じ港に戻る「日本発着」と、海外の都市に飛行機で行き、その港からクルーズ客船に乗る「フライ&クルーズ」で、香港男性のケースは後者に当たる。ダイヤモンド・プリンセスに多国籍の乗客がいたのも、各国の寄港地で乗船していためだ。
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実をいえば、日本のクルーズ旅行は長らく盛り上がりを欠いていた。海に囲まれた島国なのに、欧米先進国に比べて日本のクルーズ人口が著しく少なく、その理由として「費用が高く、期間が長い」ことが市場拡大の足かせと言われていた。クルーズ旅行は「ゴージャスで手の届かないもの」という思い込みに多くの日本人は縛られていたのだ。
ところが、2010年代半ばから変化の兆しが見え始めた。国土交通省によると、日本人のクルーズ乗客数は2016年に前年度比12.4%増、17年に同27.1%増、18年は伸びこそ鈍化したものの同1.8%増で32万1000人と過去最高になったのである。

背景には、外資系クルーズ会社による最新鋭のエンターテインメント施設を備えたアミューズメントパークのような大型客船の日本発着が増えたことがある。しかも、必ずしも高額ではないカジュアルクルーズとしての登場だった。それにともない、日本のクルーズ人口も少しずつ増えていった。
今回のダイヤモンド・プリンセスの「東南アジア大航海」がそうだし、イタリアのクルーズ会社コスタ・クルーズによる博多港発着の日本海クルーズも知られている。国内および韓国、そしてウラジオストクやサハリンなどの極東ロシアの寄港地を周遊するもので、2016年から始まっている。
こうしてクルーズ市場に注目が集まり、全国で大型客船の受入整備が進められた。国土交通省は「官民連携による国際クルーズ拠点形成計画」として国内7港(横浜港、清水港、佐世保港、八代港、鹿児島港、本部港及び平良港)を選定。昨年、さらに下関港と那覇港を追加した。それぞれの特色を生かした寄港地形成の取り組みも始まった。
では、なぜこの時期、外資系クルーズ客船の日本発着が増えたのか。
2010年代に中国発クルーズ客船の九州方面を中心とした大量寄航が起きたからである。
それは博多港から始まった。中国発クルーズ客船の博多港の初寄港は2008年、米国ロイヤル・カリビアン・インターナショナル社の大型客船「ラプソディ・オブ・ザ・シーズ」だった。東シナ海を舞台にした中国発クルーズ旅行の火付け役は、欧米のクルーズ会社だった。

その後、欧米系に加え、中国系クルーズ会社がこの市場に参入し、日本を訪れる中国人クルーズ客は右肩上がりに拡大。2016年には早くも200万人を超えた。この年の日本人のクルーズ乗客数は24万8000人だから、約8倍である。2019年に海外から日本を訪れたクルーズ客の8割を占めるのは中国人だ。
欧米のクルーズ会社が投入する魅力的な客船の急増は、低迷していた日本のクルーズ市場に強いインパクトを与えただけでなく、西日本を中心にした各港湾で誘致の機運が高まった。この時期、日本のメディアは盛んに中国人観光客の「爆買い」を報じ、中国クルーズ客による「経済効果」を期待した。
しかし、中国発クルーズ市場が拡大する一方、日本側の寄港地は盛り上がらなかった。上陸客が増えても、地元の経済界に貢献しているという実感がなかったからだ。
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中国経済の成長が日本の消費市場の活性化に影響を与えた、わかりやすい事例となった中国発クルーズ市場だが、その特徴は「費用が安く、期間が短い」カジュアルクルーズだった。
そこには、中国式ビジネスモデルの弊害があった。集客のために過度に安価なツアー代金でクルーズ客を集め、寄港地での免税店からの売上に応じたコミッションでコストを補填するビジネスモデルである。

こうした実態ゆえに、どんなに多くの観光客が訪れても地元にお金が落ちない現象を「ゼロドルツーリズム」、また観光収入が本来受け取るべき地元から海外に漏出することを「観光収入のリーケージ」と呼ぶ。これは日本だけでなく、中国客が多く訪れる韓国や台湾、香港、タイなどでも早くから指摘されていたことだった。
そうこうするうちに、この中国式ビジネスモデルに限界が見られるようになった。中国からの訪日クルーズ旅客数は、2018年、19年と2年連続で減少し始めたのだ。
関係者はその理由として、世界各国の船会社が急成長した東シナ海クルーズ市場に多くの船を投入したせいで、集客が追いつかない受給のギャップが起きたと指摘する。
だが、理由はそれだけではなさそうだ。欧米のクルーズ市場で高いリピーター率が見られるのに対し、中国発の場合、リピーターが少ないことが指摘されていたからだ。上陸後はバスで観光地と免税店を回るだけで、クルーズ客の満足度を高めるひとつの指標とされる、寄港地の市民との交流はほとんどなかったからである。
すでに市場は調整期に入っていたのだ。国土交通省が「訪日クルーズ旅客数は前年比12.2%減の215.3万人、我が国港湾へのクルーズ船の総寄港回数は前年比2.2%減の2867回」(令和2年1月23日速報値)と集計しているとおりである。
話を戻そう。これまで述べた中国発クルーズ客船の裏事情は、ダイヤモンド・プリンセスのような日本発着クルーズとはひとまず別物といっていい。
だが、今回感染源となったのが「フライ&クルーズ」客だったことは、風評被害を考えると船会社にとってキツイ話である。すでに多くの国々がそうだが、世界の船会社が「上陸日からさかのぼって14日以内に中国本土の渡航歴のある人は、国籍を問わず乗船できない」というガイドラインをいち早く発表したのはそのためだ。
今回のクルーズ客船による新型コロナウイルス感染問題が、日本のみならず、世界のクルーズ市場に大打撃を与えることは言うまでもない。
この10年間、急激な勢いで拡大した東シナ海クルーズ市場を支えたのは、「動くリゾートホテル」といわれる豪華客船のインフラ・サービスを用意したクルーズ会社と、寄港地としての場を提供した日本側の施策である。

それ自体は非難されるべきものではない。しかし顧客の仕切りや運営を中国側に任せたことで、クルーズ客は中国の業者に囲われ、寄港地の市民との接点のない上陸観光がまかり通ることになってしまった。
今後、クルーズ会社はしばらく東シナ海市場への配船を控え、中国人客を乗船させないことで、窮地を切り抜けようとするかもしれない。だが、日本側がここ数年投資して整備してきた港湾施設は残る。
ここで問題とすべきは、これまでの「日本のインバウンド戦略」そのものだというべきだろう。すなわち、「訪日外国客の数を増やして多くの消費をさせる」ことを至上命題としてきたあり方だ。数を追うばかりで、中身を問うことがなかったのである。
中国のクルーズ客のように、数が増えても地元にお金が落ちないようでは、誰のための誘致かわからない。市場の舵取りを彼らに預けるのではなく、市場のあり方にもっと積極的に関与する姿勢が必要だったのだ。

その意味では、市場の停滞が明らかになったいま、それを再検討するいい機会ではなかろうか。
いずれ新型コロナウイルス感染も下火になるだろう。そうすれば、中国発クルーズ客船が九州に戻ってくる日も来るはずだ。だが、それを従来どおりのやり方で受け入れていいのだろうか。いまだからこそ、じっくり考え直すべきではないだろうか。