「取材先と寝てでもネタを取れ」メディアのセクハラ問題、女性記者たちの模索

「取材先と寝てでもネタを取れ」「いいねえ、愛人にしたいなあ」「おまえ、キンタマつかめるか」ーー。本の帯には、「伊藤詩織さん推薦!」の背景にそんなセリフが並ぶ。 100人超の会員が所属する「メディアで働く女性ネットワーク(以下、WiMN)」が編著『マスコミ・セクハラ白書』(文藝春秋)を刊行した。そこに書かれていたのは40年以上にも及ぶ、女性記者に対するセクハラの真実である。 今年3月6日には、静岡県警本部の安全対策などを担当する警視(54歳)が、昨年末と2月の2回にわたり、女性記者の体を触るなどのセクハラ行為をしたことで、所属する報道機関が抗議。県警が処分を検討していることが公になっている。 ジェンダー・ギャップ指数、153か国中121位の日本(2019年)。男女格差が解消されず、メディアの世界でも男社会が続く日本で、世に問う意義とは何か。同書に編集委員としてかかわった田村文さん(共同通信)と森映子さん(時事通信)に話を聞いた。(ルポライター・樋田敦子) ●セクハラは「自分たちの問題でもあり、私たちも当事者」 冒頭のセリフはすべて、女性記者たちが会社の上司や取材先の男性から投げかけられた言葉である。これだけでも尊厳を損なう、ひどい物言いであるが、本書には、たとえ抗議してもこたえてもらえず、耐えてきた女性たちの告白がつづられている。 田村さんが、出版の経緯について、次のように語る。 「会員たちのあまりにひどいセクハラ被害の実態を知って、WiMNの会員でもある編集者から、『この問題を表に出してみないか』という出版の依頼を受けました。伊藤詩織さんが元TBS記者から受けた性暴力や、テレビ朝日の女性記者が財務事務次官(当時)からセクハラを受けた問題などの事件が続き、2018年にWiMNは発足しました。 私たちは、ずっとセクハラは自分の外にある問題として取材してきました。しかしこれらの事案は自分たちの問題でもあり、私たちも当事者なのだということに、メンバーたちが気づいたのです。 これまで記者たちは、基本的に自分のことを棚上げにして取材して書いていましたが、この本では、2人がペアを組んで、互いに取材を受ける形(ピアインタビュー)を試みることにしました。そういう形なら、お互いに支え合うことができるのではないかと考えたからです。 そして、きちんと被害を世に知らせるためにはどうしたらいいか。3人の編集委員で話し合いながら企画を練り、参加者を募り、出版にこぎつけました。最初に依頼を受けてから1年余が経っていました」
「取材先と寝てでもネタを取れ」「いいねえ、愛人にしたいなあ」「おまえ、キンタマつかめるか」ーー。本の帯には、「伊藤詩織さん推薦!」の背景にそんなセリフが並ぶ。
100人超の会員が所属する「メディアで働く女性ネットワーク(以下、WiMN)」が編著『マスコミ・セクハラ白書』(文藝春秋)を刊行した。そこに書かれていたのは40年以上にも及ぶ、女性記者に対するセクハラの真実である。
今年3月6日には、静岡県警本部の安全対策などを担当する警視(54歳)が、昨年末と2月の2回にわたり、女性記者の体を触るなどのセクハラ行為をしたことで、所属する報道機関が抗議。県警が処分を検討していることが公になっている。
ジェンダー・ギャップ指数、153か国中121位の日本(2019年)。男女格差が解消されず、メディアの世界でも男社会が続く日本で、世に問う意義とは何か。同書に編集委員としてかかわった田村文さん(共同通信)と森映子さん(時事通信)に話を聞いた。(ルポライター・樋田敦子)
冒頭のセリフはすべて、女性記者たちが会社の上司や取材先の男性から投げかけられた言葉である。これだけでも尊厳を損なう、ひどい物言いであるが、本書には、たとえ抗議してもこたえてもらえず、耐えてきた女性たちの告白がつづられている。
田村さんが、出版の経緯について、次のように語る。
「会員たちのあまりにひどいセクハラ被害の実態を知って、WiMNの会員でもある編集者から、『この問題を表に出してみないか』という出版の依頼を受けました。伊藤詩織さんが元TBS記者から受けた性暴力や、テレビ朝日の女性記者が財務事務次官(当時)からセクハラを受けた問題などの事件が続き、2018年にWiMNは発足しました。
私たちは、ずっとセクハラは自分の外にある問題として取材してきました。しかしこれらの事案は自分たちの問題でもあり、私たちも当事者なのだということに、メンバーたちが気づいたのです。
これまで記者たちは、基本的に自分のことを棚上げにして取材して書いていましたが、この本では、2人がペアを組んで、互いに取材を受ける形(ピアインタビュー)を試みることにしました。そういう形なら、お互いに支え合うことができるのではないかと考えたからです。
そして、きちんと被害を世に知らせるためにはどうしたらいいか。3人の編集委員で話し合いながら企画を練り、参加者を募り、出版にこぎつけました。最初に依頼を受けてから1年余が経っていました」