“性暴力”広河隆一氏が設立した“人権団体” 大物写真家たちはなぜ守ろうとするのか

ジャーナリスト志望の女性たちに性暴力・セクハラを繰り返していたフォトジャーナリスト広河隆一氏(76)。彼が報道写真誌「DAYS JAPAN」を休刊した後の活動拠点にしようと設立した“人権団体”が、田沼武能氏ら日本の写真界を代表する大物写真家たちの協力によって生き永らえている。
広河氏の問題をめぐっては現在、同氏が社長を務めた「デイズジャパン」に被害女性たちが損害賠償を求めている。しかし、同社は請求に応じ切れないとし、裁判所で破産手続きが進んでいる。
そうしたなか、広河氏が私財を投じ、個人的な思惑でつくった団体が活動体制を固めていることに、同氏の性暴力に遭った女性は「被害の訴えを無視するものだ」と憤っている。
広河氏が「人権を守る」ために設立
問題の団体は、一般財団法人「日本フォトジャーナリズム協会」。
広河氏が2018年11月に設立した。同氏による計9人の女性に対する性暴力・セクハラを「週刊文春」(2019年1月3・10日号、2月7日号)が最初に報じる前月のことだった。
法人登記によると、団体の目的は「『人権』や『知る権利』を守り、援助を必要としている人々へつながる情報等を提供すること」。代表理事には広河氏が就任。広河氏の妻(大手出版社勤務)や、旧知の「デイズジャパン」役員ら6人が理事や評議員などを務めた。オール広河体制で、広河氏の個人組織の性格が強かった。
広河氏はこの団体を、「DAYS JAPAN」を2019年3月号で休刊させた後の、活動の足場にしようとしていた。同誌の目玉事業を引き継ぐとともに、ジャーナリズム界での影響力を保とうとの意欲をうかがわせた。
ところが、文春報道で広河氏による深刻な人権侵害が表面化。広河氏は公の場から消え、同氏が設立した救援団体「DAYS被災児童支援募金」や「DAYS救援アクション」は活動をやめた。何ら実績のない「日本フォトジャーナリズム協会」も消滅に向かう――と思われた。
被害女性は「声を上げても変わらないのか」と絶望
しかし、同協会は存続していた。広河氏の画策により昨年6月に役員らの総入れ替えを実施。写真界の重鎮や、広河氏と交流のあった社会的影響力のある人々など、以下の8人を迎えて新体制がつくられていた。
【評議員】
田沼武能・日本写真家協会常務(元会長) 松本徳彦・日本写真家協会副会長 新谷英治・関西大学教授
【理事】
内堀毅(タケシ)・日本写真家協会会員=代表理事 桑原史成・日本写真家協会会員 黒木英充・東京外国語大学教授 木村英昭・ワセダクロニクル編集幹事
【監事】
岡本達思・パレスチナの子どもの里親運動元代表理事
この状況に、広河氏の性暴力に遭った女性は怒りと悲しみを露わにする。
「私が告発の声をあげたのは、広河氏が許せないという理由だけではありません。今後同じ思いをする人がいなくなるように、そのために閉鎖的で権威主義的なジャーナリズムや写真界が変わっていくように、という思いを込めたつもりです。それなのに、そうした分野で影響力をもつ人たちが、広河氏によって設立された財団を無批判に引き継ぐなんて、『声をあげても変わらないのか』と絶望します」
“広河人脈”で役員を入れ替え存続
「日本フォトジャーナリズム協会」は新体制となったものの、“広河色”は明らかだ。
代表理事で写真家の内堀毅氏は広河氏と旧知の仲だ。評議員の田沼武能氏と松本徳彦氏はともに「DAYS JAPAN」賛同人になっており、同誌に寄稿したこともあった。
理事の桑原史成氏もやはり「DAYS JAPAN」賛同人だ。寄稿歴もあるうえ、同誌フォトジャーナリスト講座の講師も務めていた。
評議員の新谷英治氏は、広河氏が世話人を務めた「ヨウ素剤の事前配布を求める会」の賛同人や、広河氏の写真展の後援者に名を連ねていた。理事の黒木英充氏は「DAYS JAPAN」に寄稿歴があり、広河氏の映画上映と講演の集会でコメンテーターを務めたこともあった。
もう1人の理事の木村英昭氏は、朝日新聞記者だったときに福島第一原発事故関連の報道で「早稲田ジャーナリズム大賞」奨励賞を共同受賞。そのときの選考委員の1人が広河氏だった。監事の岡本達思氏は、広河氏が設立した「パレスチナの子どもの里親運動」の代表理事だった。
代表理事や評議員に事情を聞いてみると……
いったい、この8人はどういう経緯で就任したのか。
内堀氏は、昨年6月ごろに広河氏から「話したいことがある」と言われて1対1で会い、代表理事を引き受けてほしいと頼まれたと話す。
「フォトジャーナリズムが下降している中で、何とか上向きにしたいという思いで引き受けました。広河さんの(性暴力の)問題は知っていたし、認められないことだと思う。ただ、それとは切り離してやっていけばいいと思っています。DAYSの国際大賞は大変なので別のものになるかもしれませんが、いずれフォトジャーナリズムの賞をやり、セミナーも開きたいと思っています」(内堀氏)
内堀氏によると、写真家の田沼、松本、桑原の3氏は内堀氏が役員就任を依頼した。その他の4氏については、「広河さんから紹介を受けて、私がお願いしました」と述べた。
田沼氏に尋ねると、内堀氏から依頼を受けて引き受けたと説明。「衰退に瀕しているフォトジャーナリズムを何とか盛り返そうという考えでやっています。若いフォトジャーナリストを育てていこうと思ってやっているんです」と話した。
さらに田沼氏は、広河氏が団体を設立した経緯も同氏の性暴力問題についても知っているとしたうえで、「(団体は)いまは広河さんとは一切関係ありません。彼個人の問題とジャーナリズムの問題とは一緒にしないでほしい」と強調した。
活動理念は広河氏の“魂”を継承
内堀氏と田沼氏以外の6氏にも、就任の経緯と、団体に関わることへの思いを聞くため個別に質問を送った。しかしどういうわけか、内堀氏から「まとめて回答します」と連絡があった。
その回答によると、各氏の就任経緯は「相互に声をかけ合って集まりました」。団体の存続は広河氏の人権侵害を軽視し、被害者の傷を深めるとの見方については、「広河氏のDAYS JAPAN の事業(国際フォトジャーナリズム大賞など)を引き継ぐ意思も計画もありません」と述べた。
内堀氏は、広河氏が「現在の協会の運営に関与したり、影響を与えたりする余地は全くありません」と言う。だが、少なくとも外形的には、広河氏とのつながりは残ったままだ。
役員全員が“広河人脈”なのは見てきたとおり。財団法人には「基本財産」という事業資金があるが、内堀氏によると「日本フォトジャーナリズム協会」は基本財産500万円のうち、半分を広河氏が拠出している(内堀氏は残り半分の出資者を明かすのを拒んだ。同協会は「知る権利」の擁護を掲げている)。
法人登記に記載している同協会の「目的」も、広河氏が設立時に掲げたものから一字一句変わっていない。昨年6月に役員が入れ替わったとき、事業内容はわずかに変更した(「報道と救援の協力を実践、支援する事業」を追加)。しかし、団体の“魂”ともいうべき活動理念は、広河氏が考え出したものを完全に継承しているのだ。
財団法人は設立者の理念に基づいて活動する団体だ。それなのに、設立者(広河氏)とは無関係だと強調してまで「日本フォトジャーナリズム協会」を存続させる理由は何なのか。
内堀氏に尋ねると、「広河さんから頼まれたとき、引き受けないことはあまり考えなかったんですよね」という答えが返って来た。
協会設立の“意図”とは?
そもそも広河氏は「日本フォトジャーナリズム協会」で何をしようとしていたのか。
経営難や健康問題などを理由に「DAYS JAPAN」の休刊を発表した際、広河氏はこう宣言していた。
「世界的なフォトジャーナリズムのコンテストとなった『DAYS国際フォトジャーナリズム大賞』については、非営利の『一般財団法人日本フォトジャーナリズム協会』を設立し、1年間の休止期間の後、ボランティアの方々の手で2019年秋の募集開始から再開したいと考えています」(DAYS JAPAN 2019年1月号)
同協会で写真賞をやっていく考えだったのだ。
この「DAYS国際フォトジャーナリズム大賞」に、広河氏は強い思い入れがあった。多くの国々から作品が寄せられると誇らしげに言い、オランダの「ワールド・プレス・フォト(世界報道写真コンテスト)」や米国の「ピュリツァー賞」と肩を並べるかのように語ることもあった(現実には国内外の主要メディアの多くはDAYSの賞を取り上げなかった)。
たしかに、先細りが進む報道写真界において、賞金を出す写真コンテストを開催してきたことには意義があったと思う。励みに感じたフォトジャーナリストもいただろう。
ただ、広河氏の同賞への執着は、ジャーナリズムに貢献したいという思いよりも、自分が創設し審査員を務める写真賞の価値を高めることで、自らの評価も高めようとの意識が大きかったように思う(彼の自己顕示欲の強さについては、「デイズジャパン」検証委員会も「自分の業績を誇ったり評価にこだわる自意識過剰な態度があった」と指摘している)。
また、同賞には多くのボランティアが関わっていた。広河氏にとって同賞の開催は、若い女性たちと知り合う機会でもあった。
なんとかして同賞を続けたい。広河氏がその思いでつくったのが「日本フォトジャーナリズム協会」だった。
驚いたことに、代表理事の内堀氏は、広河氏が同賞を引き継ぐために同協会をつくると公言していたことを知らなかった。その経緯を認識せず、「協会と広河氏は無関係」と主張していたのだった。
2019年秋に再開するとしていた同賞は結局、開催されなかった。どこからも誰からも、何の告知も出されなかった。
検証委員会も疑問視
「日本フォトジャーナリズム協会」の“怪しさ”については、「デイズジャパン」が設置した検証委員会も、昨年末に出した報告書で言及している。
検証委は調査中に、同協会で役員の総入れ替えがあったことを認識。後任の役員が誰なのか、広河氏に聞いた。すると広河氏は「質問に答えようとせず、『日本写真家協会の方々にお願いした』としか述べなかった」。
さらに、検証委は昨年12月に内堀氏にヒアリングをする予定だったが、急きょキャンセルされた。文書での質問にも回答はなかった。内堀氏からは、「日本フォトジャーナリズム協会」と「デイズジャパン」を関連づけられるのは「とても迷惑」だと言われたという。
この点を今回、内堀氏に確認すると、「検証委の調査は偏っていて中立ではないと感じたんです。協会を代表してあれこれしゃべるのはどうかと思って協力しませんでした」と述べた。
検証委の報告書は、「広河氏が頑なに財団法人の新役員について検証委員会に伝えたがらなかった理由は現在も不明である」と記している。
「被害の実態を無視しないで」
同じ報告書は、広河氏が「性交の強要」「性的身体的接触」「裸の写真の撮影」「セクハラ」「パワハラ」を重ねていたと認定した。
これを踏まえ、複数の被害者は「デイズジャパン」に損害賠償を請求。同社は今年3月、「残余財産を上回る金額の損害賠償請求」があったとして裁判所に破産手続きを申請した。6月に東京地裁で債権者集会が予定されている。
こうして広河氏が設立した会社は、被害者に十分な損害賠償をしないまま消滅する見通しだ。
一方、広河氏本人は、批判を浴びる立場に置かれたことに納得いかないままのようだ。検証委の調査には、「魅かれあった男女の自由な関係である」「自分は文春の商業主義的、もしくはMeToo運動にのった時代の犠牲者である」などと主張したという。
加害の現実を受け止めず、ましてや賠償の意向はまったく見せていない広河氏。彼の思いが込められた団体を、被害者の傷口に塩を塗ってまで継続させていくことに、どれほどの価値があるというのか。
「今のメンバーに法的な責任はないかもしれません。でも、被害者の声を全く顧みないということでいいのでしょうか」と、広河氏の性暴力を受けた女性は憤る。
「被害に遭った女性たちは誰一人、広河氏側から何の救済も補償もされていません。広河氏が資金を投じて設立した団体なのに『被害者の声は関係ない、自分たちは大事な活動をしている』というのであれば、ジャーナリズムという大義を振りかざして女性たちを黙らせてきた広河氏の態度と何ら変わりません。被害の実態を無視しないでください」
(田村 栄治)