第2波への不安も消えない中、東京都で感染動向の情報を提供してきたのが、都庁の「 新型コロナウイルス感染症対策サイト 」だ。
行政発とは思えない、見やすいインターフェースは話題を呼び、立ち上げ2カ月で累計訪問者数は800万人を超えた。小池百合子知事の下、プロジェクトを率いたのは、昨年9月に副知事に就いた宮坂学氏(52)。ヤフー(現・Zホールディングス)元社長として“爆速経営”と評された経営手腕は、このコロナ危機にどう生かされているのか。
「東京都の対策サイトが注目をいただいた要因は、〈陽性患者数〉や〈検査実施人数〉〈検査実施件数〉などが一目でわかるグラフの見やすさ、わかりやすさだと思います。〈日別〉と〈累計〉のボタンをクリックするだけで、グラフが入れ替わり、視覚的に推移を理解できるところが歓迎された」
プロジェクトは2月下旬に始動
都の対策サイトでは「都営地下鉄の利用者数の推移」や「都庁来庁者数の推移」も当初からグラフで掲載された。国は緊急事態宣言を発出するに際して「主要駅における人の流れの推移」など“接触8割削減”の目安となるデータを公開していくが、その先駆けとなった。
立ち上げたのは3月4日、都内の累計感染者はまだ44人、国内全体でも300人台に留まっていた頃だった。
「始動したのは、立ち上げ1週間前の2月26日。都の対策本部会議で、小池知事から『広報を強化しましょう』と提案があり、ついては私に担当してほしいと直接話がありました。私が最初に考えたのは、部局ごとに情報発信するのではなく全庁横断型でひとつのサイトに一元化すること、そしてデータ中心で見せることでした」
都庁各局のデータを整理するのは都庁の仕事だが、開発を請け負ったのは、日ごろから情報技術と行政をつなぐ活動をしている一般社団法人「コード・フォー・ジャパン(CFJ)」のエンジニアやデザイナー。最近では、スマホを使って感染者の接触歴を追跡するシステムを開発していることで注目が集まっている団体だ。
行政では異例の“オープンソース”に
宮坂氏は自らを「技術のエキスパートではない」と言い切る。ヤフーではプログラマーやデザイナーなど専門家を集め、チームで力を発揮してもらい、プロジェクトとしてまとめあげるマネジメントを仕事としてきた。
今回はその持ち味を生かして行政にこれまでなかった新風を吹き込んでいる。宮坂氏が続ける。
「サイトの開発にあたっては、〈オープンソース〉という手法を取りました。世界中の技術者が集う〈ギットハブ〉と呼ばれるサイトにプログラムのソースコードを公開することで、誰でもサイトの修正を提案してもらえるようにしたのです。これはインターネットの世界では当たり前のことですが、行政の中では極めて異例な方法です」
世界中の市民エンジニアから900近い修正提案があった。とりわけ台湾のIT担当大臣で、天才プログラマーとして世界的に著名な唐鳳(オードリー・タン)氏からも修正提案が届いたことが話題を呼んだ。
「中国語の『繁体字』の表記について、『体』を『體』に変更を提案する、という一点ではありましたが、本当にすごい経歴の方なので、開発チームも『おおっ』と燃え上がりました。世界的な危機に国境を越えて貢献しあう――これが『未来』なのかもしれないと感じました」(宮坂氏)
ソースコードは、無償で複製が可能でデータを入れ替えれば他の自治体もすぐに使用できる。先に東京都が提供した“型紙”をさらに改善すれば、進化の速度はゼロからオリジナルを立ち上げるより格段に上がる。実際、全国の自治体や有志の住民によって、プログラムを活用したサイトが立ち上がっている。
もう一つの「画期的な取り組み」とは?
対策サイトについてはもう一つ、画期的な取り組みが盛り込まれていると宮坂氏は語る。
「それはデータを〈標準化〉した上で〈オープンデータ〉を公開したことです。これまでの行政の公開情報では、同じ事柄に関する文書でも、自治体ごとに書式がバラバラなのがふつうでした。例えば、〈日付・患者数・退院者数〉という順番で記す自治体もあれば、〈日付・退院者数・患者数〉という順番の自治体もあります。形式もPDFだったり、エクセルだったりとバラバラでした」
宮坂氏はコンピュータという“現代最強の文明の利器”を最大限に生かすために、〈標準化されたデータ〉にこだわった。
「4年前に制定された官民データ活用推進基本法のもと、標準化された書式は用意されていますが、徹底されてはいませんでした。そこで都は今回、使用するデータについて標準化された書式を整えオープンデータとして公開したのです。他の自治体もこれにならってくれれば、長い目で見た時に、国全体でもデータを集計するのが楽になり、有益なデータを効率よく抽出しやすくなります」
行政のオープンデータを元に市民エンジニアが独自のプログラムを開発する――対策サイトで見られたモデルが行政の選択肢を広げていく未来を、宮坂氏は展望している。
ではこれから都副知事としてどのようにコロナと向き合っていくのか。「コロナ禍以降、デジタルの利活用はより生活に密着した切実なものになる」というのが宮坂氏の見立てだ。その詳細を「文藝春秋」6月号と「文藝春秋digital」に寄稿している(「 東京副知事『感染症vs.IT』戦記 」)。今年7月の都知事選で再選を目指すと見られる小池知事にとって、「都政のデジタル化戦略」は目玉公約に上ってくる可能性は高く、縁の下を支える宮坂氏の手腕にも熱い視線が注がれることになる。
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(広野 真嗣/文藝春秋 2020年6月号)