ダイヤモンド・プリンセス号で対応。自衛隊中央病院が残した貴重なデータ

―[自衛隊ができない100のこと/小笠原理恵]―

その89 自衛隊病院と医官、衛生の悲しすぎる構造

◆新型コロナウイルスで証明された自衛隊病院の真価

5月25日、第1波の新型コロナウイルスが峠を越えて医療体制にも余裕ができたため、緊急事態宣言は全国で解除されました。しかし、これは新型コロナウイルスの脅威がなくなったことを意味するものではありません。患者数の増加率が現状の医療体制で対処できる範囲に収まったというだけのことであり、この病気のワクチンはいまだに存在せず、特効薬もできていません。

この新型コロナウイルスはインフルエンザと違い、感染しても症状が出ない人がかなり多い。ここが問題なのです。インフルエンザの場合は感染すると症状が出る人がほとんどです。辛いから自宅で療養しますし、周囲も咳や鼻水などでわかりますから、不用意には近づきません。だから、それ以上に拡がることはありません。

しかし、新型コロナウイルスに感染していても症状のない人は、元気に外出し次々に拡大させていくことになります。そして、高齢者や既往症のある人に感染させ、結果として死亡者が一定数出てしまうのです。

前述したように、緊急事態宣言解除の意味するところは「重症化する患者さんを受け入れる医療体制に少し余裕が出ています」ということです。再び患者数が増え、医療体制に黄色信号がともれば、第2波の緊急事態宣言が発令されるでしょう。

新型コロナウイルスの患者に対処したある医師は、「もしダイヤモンド・プリンセス号とその後の自衛隊中央病院の研究結果が開示されていなかったら、どう対処していいのかわからなかった。あれがあってよかった」と言っていました。ダイヤモンド・プリンセス号のケースでは、新型コロナウイルスという未知の病気の概要が、自衛隊やDMAT(災害派遣医療チーム)のPCR全数検査のデータや自衛隊中央病院の胸部CT検査により、おぼろげながら日本の医療従事者に伝わっていました。自衛隊病院、防衛医大病院などがこの新型コロナウイルス対策にもたらした情報は「もっと評価されてもイイ!」と思います。

◆自衛隊病院の診療報酬は国庫に吸い上げられてしまう

自衛隊病院は、少し前までは自衛官だけを診察し治療する、自衛隊のためだけの職域病院でした。「自衛官の医療費は無料」と言われるのは、自衛隊病院にかかった場合に個人負担が無料ということです。実際には自衛官は短期掛け金、長期掛け金などでお金を支払っているので、完全な無料といってしまうのは間違いですが、自衛隊病院の窓口で自衛官がお金を支払うことはありません。

そんな自衛官しかやって来なかった自衛隊病院では、長らく窓口でお金が支払われることがありませんでした。しかし、近年、制度が変わり、自衛隊病院も一般の方を診るようになりました。そうなると、窓口で診療報酬を徴収しなくてはなりません。

でも、自衛隊病院は「収益を上げてはいけない」病院です。ではどうなるかというと、窓口で受け取った診療報酬は、そのまんま国庫に吸い上げられてしまうのです。つまり、自衛隊病院は、一般の患者さんを診ても1円の収入も得られない病院なのです。それどころか、治療にかかるさまざまな処置や入院患者さんへ処方した医薬品代、医師看護師の防護具などの消耗品代は防衛予算のなかから出されています。

結果として、新型コロナウイルス対処に頑張れば頑張るほど、自衛隊病院の赤字がかさむという仕組みになっています。この報われない「働いたら負け!」という仕組みを何とかしてもらいたいものです。(その悲しい仕組みは、自衛隊病院のOBに教えていただいた動画「文化人放送局 2-2【月刊正論】」が詳しく説明しています。)

特に、新型コロナウイルスに対しては、防護具や人工呼吸器などさまざまなものが必要です。生命の危機にある患者さんを救う技術や能力の高い医療関係者はたくさんいますから、もちろん全力で対処してくれるでしょう。でも、そこで頑張れば頑張るだけ防衛予算に大きな赤字が出るとなると、「なに? その罰ゲーム」って感じです。

自衛隊病院が診療した診療報酬って国庫が吸い上げないとダメなんですか? そのお金で自衛隊病院がその設備を拡充し、医薬品を増やし、防護具を充実させるために使えれば、もっとたくさんの患者さんを救えるのではないでしょうか。

「自衛隊病院が報酬を受け取るのは馴染まない」と言う人もいるかと思いますが、馴染まないなら馴染むように制度を変えるのが政治の役割です。自衛隊病院は今回の新型コロナウイルス対処では先頭に立って戦ってくれています。普通に考えて、その病院をケチケチさせたらダメでしょ。

この新型コロナウイルスとの持久戦は、ワクチンと特効薬ができるまで続きます。自衛隊病院はアビガンをはじめとするさまざまな「この病気に有効かもしれない薬」の治験を行い、データを集積してくれています。この病気への対処のために国を挙げて必要な資金を出すのなら、自衛隊病院の診療報酬を国庫に吸い上げるのをやめてください。

あ、財務省は「報酬を受け取るなら、その分だけ防衛予算から削る」などと言い出すでしょうから先に言っておきますが、防衛予算を削ったりしては絶対にダメですよ。そのうえで、診療報酬は自衛隊病院が直接受け取ることができるようにしてくださいということです。ぜひ、ご検討ください。

◆防衛医大・自衛隊病院への研究開発費

今回、新型コロナウイルスに先頭をきって対処したのは自衛隊中央病院とDMATでした。もっとも危険でもっとも重要な感染症対応の要とされたのは自衛隊だったのです。その自衛隊の防衛医科大学校の年間研究費は、2018年度で2億円程です(ちなみに東京大学の予算は2500億円ですが、これでも少なすぎると感じています)。世界は優秀な頭脳を奪い合っています。米国のスタンフォード大学は1兆円を超える研究資金が得られるため、この潤沢な資金を背景に多くの成果を上げています。

次世代の国の富を得るために国境を越えて優秀な人材を世界は全力で奪い合っています。その流れに逆行して財政黒字化を何よりも重視し、予算削減を至上命題とする日本は、技術先進国の地位を維持しきれなくなるのではないかと感じています。

自衛隊病院は新型コロナ問題でも「防衛の要」です。自衛隊中央病院の新型コロナウイルスの研究論文はとても価値の高いものですし、自衛隊が見せた感染対処能力は、生物兵器テロの抑止力にもなることでしょう。自衛隊病院でさらに多くの診療・研究ができるように、その資金繰りを少しでも楽にするために、政治家の皆さんにはぜひとも制度改正、法改正を頑張っていただきたいものです。

【小笠原理恵】
国防ジャーナリスト。関西外語大卒業後、広告代理店勤務を経て、フリーライターとして活動を開始。2009年、ブログ「キラキラ星のブログ(【月夜のぴよこ】)」を開設し注目を集める。2014年からは自衛隊の待遇問題を考える「自衛官守る会」を主宰。自衛隊が抱えるさまざまな問題を国会に上げる地道な活動を行っている。月刊正論や月刊WiLL等のオピニオン誌にも寄稿。日刊SPA!の本連載で問題提起した基地内のトイレットペーパーの「自費負担問題」は国会でも取り上げられた。『自衛隊員は基地のトイレットペーパーを「自腹」で買う』(扶桑社新書)を上梓

―[自衛隊ができない100のこと/小笠原理恵]―